ゆるりホラー系小説 怖い話第2話 お暇な方無料でどうぞ。

ゆるりホラー系小説 怖い話第2話 お暇な方無料でどうぞ。

第2話

「これ、本日の整備レポートです。ここに船長のサインをください。」

『ありがとう。助かったわ~』

「とんでもない。それでは、あと…何も無ければ僕は帰りますが。」

『……すまんが、あともうひとつ。最近、船内電話の調子がおかしくてね。夜中にコールが鳴るんよ。』

「そうですか。ちょっと点検してみますね。」

船長の話によれば、2週間くらい前から夜間に操舵室、一等航海士室、船長室の電話が1~2コール鳴るらしい。

電話に出てもノイズの様な音が聴こえるだけで声はせず配線か何かの接触不良かもしれないとの事だ。

早速、配線図と電話機の仕様書とマニュアルを拝借し、操舵室の電話と配線を点検してみたが、特段おかしな所は見つからなかった。

「操舵室は異常無しですね…それじゃ、調子が悪い部屋の電話機診てみますね。」

各船室に入る許可をもらい、船橋に近い船長室と一等航海士室の電話を点検したがこちらも特に異常は無い。

「ん~。船内の部屋から部屋に掛ける内線コールですよね?外線なら電話もFAXも着信履歴が残るので。」

『そうなんよ。しかもイタズラをするような乗組員はいないからな。』

「それでは一応、船内の内線電話機を総当りして全部たしかめてみますわ。」

『大丈夫かい?帰りの新幹線の時間とか。』

「大丈夫です。3日後にまたこの港で修理依頼が来てますから、しばらく泊まりですわ。」

『売れっ子じゃないか~。じゃあ、助手を1人つけるからスマンが点検頼むよ。』

案内役兼助手係の船員さんが呼ばれ、船内を案内されながら各所点検してまわる。

 

案内役と世間話をしながら居住区の通路を次の点検場所まで向かう途中、ある部屋の前に差し掛かったころ、いきなりゾクリと悪寒が走った。

「うぅ~わっ。」

 

おもわぬ不意打ちに声を漏らし足が止まる。

前を行く案内役の船員さんはそのまま2~3歩進んだ後、コチラの異変に気付いた様子で彼もまた歩を止め振り返り、コチラの様子を伺っている。

 

彼の視線を浴びながらその場で辺りを見渡し悪寒の原因を探ってみる。

…船員さんの表情を伺うと、あきらかに表情が鈍い。

『・・・・どうしました?』

船員さんは重々しい表情でゆっくりとコチラに戻って来ると、意味ありげに訊いてきた。

 

控えめに部屋を指さし

「原因…多分ここやろ。空気が違いますね。」

 

『…………やっぱり?』

眉間にシワを寄せながらバツが悪そうに少し笑みを浮かべながら船員さんが短く答えた。

 

更に突っ込んで聴いてみる。

「この部屋で…最近不幸がありましたね?」

『………はい。まぁ…9日前に…』

 

船員さんの話では、約2週間くらい前から電話の異常が起こり、9日前にこの部屋で船員さんが〖くも膜下出血〗で死亡。

死亡後は電話の異常に加え、部屋のドアをノックされる現象が毎夜どこかで起きているという。

 

『霊感あるんすね。中…入ります?』

「………。入ってよろしければ入りますよ。一応、中の電話機の点検もやりますから。霊感は……ボチボチ。」

 

部屋のドアから滲み出てくるイヤな空気感。

正直なところ…仕事でなければ完全スルーを決め込む状況だが、中の電話機を点検しない訳にはいかないだろう。

しかもこの部屋だけ。

不調の原因はたぶんここでしょと遠回しに語っている様なものである。

船員さんをあまり不安にさせないよう明るめの表情を作り、気を引き締めながら部屋に歩み寄ると、船員さんが焦り気味に止めに入る。

『ちょ、ちょっと待っ…。一旦船長に確認取ってきます。何かあれば危険かもしれないので。食堂で待っててもらえますか。』

重い雰囲気の場から一時撤退を指示され、食堂に案内された。

ペットボトルのお茶と灰皿を貰い、ソファーに掛けて船長の判断を待つことになった。

 

……何やらめんどくさい事になりそうな予感がする。

 

しばらくすると船員さんがもどり、船長室内へ通された。

 

『どうぞ掛けて。つか…不快な思いをさせてすまないね。まさか霊感がある方だとは知らなかったものでね。』

「いえ。お気遣いどうもありがとうございます。さて…どうしますか?中の電話機。」

船長は対面のソファーにドカっと深く腰掛け両腕を組み少し考えた後、

『迷惑かけちゃいけないし、後はコチラで処理するから。』

安全策を選んだようだ。船長らしい判断。

「でも、もし電話機が壊れていたら船長も乗組員の方々も仕事しにくいですよね?どのみち僕がまた来て修理するでしょうから、点検だけさせてくれないでしょうか?」

 

船長はまた少し考え込んだ後、あの部屋に入る許可を出した。

『くれぐれも気を付けてくれ。嫌だと思ったらすぐに作業をヤメて構わないから。それと、ワタシも付いていくわ。』

 

この船の船長とは長い付き合いだが、オバケ関係の事など全く信じない人だと思っていた。

「船長は幽霊とかオカルト、スピリチュアル系は全然信じない人かと思ってました。なんか意外です」

『My maternal ancestors had a Navajo shaman.』

船長は親指を立て自身にグッと向け指差してニヤリとドヤ顔を作った。

「はぁ?マジっすか!?ナバホ族のシャーマンの血が流れてるんですか!?」

船長は更に襟を緩めてターコイズが嵌ったシルバー製のペンダントを見せた。

『何も無いところに煙はたたない。物事にはだいたい原因と結果が伴うものだよ。』

「すげぇ………。じゃあ…こういう系はご自分で何とかできるのでは?」

 

『……いや。その辺のチカラは持ち合わせてはいない。…こういう事象を頭ごなしに否定してはご先祖さまの生業も否定する事になるだろうから申し訳けないだろ。』

船長の意味深げな間を取った喋り方からそれ以上は突っ込まない方が良さそうだと判断した。

 

「………まぁ、そうですね。では一緒に点検に行きましょう。」

工具ケースを取り、二人で問題の部屋を目指して船長室を出た。

〖怖くないのか?〗

「もう慣れました。全国各地から修理依頼が来るもので、中にはこういったケースもたまにあるんですよ。」

 

 

部屋の前まで来ると…やはり空気が重い。

船長と顔を見合せ覚悟を決める。

「僕が入って中の様子を確かめますから船長はここで待機しといてください。」

 

『大丈夫か?』

 

「万が一、僕が気絶してぶっ倒れたり、中に閉じ込められた時は救出よろしくです。」

船長は真顔で頷く。

 

「じゃ、行きますね。」

ドアノブに手をかけゆっくりと回し……ドアを慎重に開け中を覗く。

 

「………………何もないな。」

室内は異様な感じはするが…おそらく亡くなった船員さんの念が少々残留しているのだろう。神社さんを呼んでお祓いしてもらったら浄化できるレベルだと判断。

一旦部屋のドアを閉めて船長に状況を説明する。

 

『中の様子は?』

 

「亡くなった船員さん念が少々残ってますね。ヤバいヤツは居ないと思います。神社さんに頼んで供養とお祓いすれば大丈夫だと思います。」

『そうか。…良かった。他の乗組員の船内生活に支障が出ない程度なんだな?』

「大丈夫だと思います。それじゃ、電話機の点検と通話のテストをしますから操舵室で待っていてください。」

 

『………了解だ。ありがとう』

 

船長を船橋に帰し工具箱を持ち再び部屋に入る。

中は真っ暗。丸い強化ガラスの窓もしっかりとアルミカバーで閉じられ外の光も入ってきていない。

室内の電気を付け、備え付けの電話機と配線のチェックを始めた。

不測の事態に備え部屋のドアは開けたままだ。

 

「問題無いな。」

電話機と配線に異常は見られなかった。操舵室へ電話をかけ、通話テストも完了。工具をしまおうと工具箱に手をかけようとした時……

 

 

ガッ…………チャン。

 

ドアが閉まる鈍い音が室内に響く。

 

カチン。

 

続け様に室内の照明までもが消えた。

 

光を失うと同時に全身を貫くような悪寒が襲う。

ゾクゾクを通り越してビリビリと痺れるような強烈な悪寒。

両足に力が入っている感覚がない。咄嗟に机に手を突き転倒しないよう踏ん張る。

 

『う”う”う”ぅぅッ。』

背後のベッドの方から苦しそうに藻掻き苦しむ低い唸り声の様な音が聴こえてきた。

 

ッ……ドサ…ッ。

ベッドから何か重い物が落ちる鈍い音。

 

『う”ぅぅっ………』

 

ズルッ…………ズルッ……

 

落ちたモノはそのままユックリと自分の方に床を這いながら近付いてきているようだ。

 

船室はひとり部屋で狭い。

もう…足元にソレは居る。

 

『ん…わ…………』

 

『で……で…わ』

 

『で………ん…わ』

 

胸ポケットから作業用のペンライトを取り出しゆっくり背後の足元を照らす。

 

白色のLEDに照らされたスポットには仰向けの男性が上目遣いでこちらを見ながら自分の足を掴もうと手を伸ばしていた

両目は真っ赤に充血し、黒目と合わさり赤黒く、鉄サビ色の涙がダラりと垂れている、唇は腫れ上がり血が混じったピンク色の泡が口から耳元を伝っている。

 

「…苦しいかい。………今知らせてやるからな。」

振り返りペンライトで電話機を照らし操舵室を呼ぶ。

 

足首を掴まれ…膝元と、、、ゆっくり冷たい手の感触と重さが上へと上がってくる。

手は氷のように冷たく指先にかなりチカラが入っており、両足にヤツの指の先端と爪とがジワリと食い込んでくる感覚が作業着越しからでもしっかりと伝わってくる。

(オッおま…チンコ掴むなよ。ソレを掴んで良いのはオナゴと自分だけや。………つか、、、早く電話出てくれ。)

 

ジワジワとヤツの重さが下半身に伝わり…後方に倒されないよう踏ん張りながら…1コール1コールの間がすごく長く感じられた。

 

 

待つこと6コール目。

『はい。こちらブリッジ。』

「船長?僕です。不具合の原因わかりました。」

 

『もしもし?もしもーし?』

「あのッ!聴こえますか~!?」

声を荒げてみるが向こうには一切自分の声は届いていないようだ。

 

『…何も…………聴こえんな。……待っとれ!いま行く!』ガチャッ。

乱雑に電話を切られた。

受話器越しの船長の口調から、おそらくコチラの事態は少なからず理解して貰えただろう。

 

さて…どう対処するか。

コイツをこのまま体内に取り込んでも良いのだが…できれば最後の願いも叶えてやりたい。その方がコイツも浮かばれるだろう。

 

対処法を思案しているとバタバタとコチラに近付いて来る騒がしい足音が聞こえてくる。

部屋の前で足音は留まり、ドアをドンドンと叩きながらガチャガチャとドアノブを激しくひねり回す音が室内に響いた。

『開かんぞ!?…おい!九燈くん大丈夫か!!出られんのか!?…マスターキー持ってくるからもう少し待っとれ!』

船長の早口で強い口調の声が入口付近から室内に響く。他の船員さんも来たのであろう、部屋の外が騒がしくなってきた。

 

「船長~!今、取り込み中です。ブリッジに電話かけますので切らないでくださいね~!」

相手を落ち着かせるべくワザと間延びした口調で返事を返す。

バンバンバン!『わかった!』

船長はドアを3回強く叩くとバタバタと急ぎ足で部屋の前を去っていった。

 

内腿辺りにヤツの手の冷たい感触が刺さった。

(ヤベーッ!チンコの前にドラゴンボールがもぎり殺られそうだ。)

受話器を取り、マイクの方を両手で覆い念を込め、ブリッジの番号をプッシュする。

 

プルッガチャッ!『大丈夫か!?』

「船長?大丈夫です。聴こえますか?オアフッ♡」

『聴こえる聴こえる!!今どうなってる!?』

「亡くなった船員さんがオゥフッ♡助けを呼ぶために夜な夜なコールしていたんだと思います。原因はソレです。」

(マズイ…百歩譲っても…せめてシャワー浴びさせてくれ)〖願望〗

『そうか…気付いてやれなくて申し訳なかったな。』

『了解だ!連絡しかと受け取った。早く気付いてやれずすまなかった。』

(いぃやあぁーーーーッ!)〖ドラゴン氏〗

……………………

………………

 

下半身を這い上がる手の感触がフワッと解け、カラダが軽くなった。

 

全身にまとわりついていた凍えそうなほどの霊気は次第に和らぎ船室内の常温の空気に生温かさを感じる。

 

「ふう。。。………満足したようです。………イキました。部屋出てそっち向かいますわ。」

 

『………船長室で待ってる。』

受話器を戻し、室内の照明を点け辺りを見回すと…さっきまでの重い空気は消えていた。

 

工具箱を取りドアノブを回すと、すんなりドアは開いた。

カギは掛かっていなかったようだ………

 

部屋の外には船員さんが2人、トランシーバーを片手に一連の騒動の中、最悪の事態に備える為に待機していたようだ。

二人の足元には電動カッターやらデカいハンマーやらバールが準備されていた。

 

『大丈夫ですか?私らが船長室まで付き添います。…これどうぞ。気休めに。』

部屋の前の廊下に座り込み、冷たい鉄板の壁に背中をあずけながら船員さんから貰った温かく激甘の缶コーヒーを一気にカラダに流し込む。

冷めきったカラダに心底沁みた。

 

 

「………はぁ~っ。………お気遣いありがとうございます。大丈夫です。」

 

前後二人に護送されながらゆっくりと船内を進み、階段を登り、船長室のドアをノックする。

『どうぞ。』

護送役の二人に頭を下げ船長室に入ると彼は心配そうな表情でコチラへ歩み寄りソファーに促した。

 

『危険な目に合わせてスマンかったね。疲れただろ。温かい物でも………。もう貰ったか。』

「ありがとうございます。…うん、まぁでも設備的な不具合じゃなくて良かったです。旧式の電話機なので自社に在庫があったかなぁ…。もし発注かけると1~2週間はかかるかもしれなかったです。」

『…………そうか。…恩に着る。』

 

『それじゃ、電話の調子おかしかったのは…』

 

「船員さんがお亡くなりになる前に電話が鳴っていたのは、、、いわゆる…〖虫の知らせ〗のような感じでしょう。」

「死神さんが死期を知らせてくれたのか、船神さんが警告してくれてたのか、各船員さんに付いている守護霊さんの仕業なのか…詳しくは分かりませんがね。」

 

『そうか…虫の知らせね………。気付いてやれなかったな。』

「フツーに無理ですよ。誰のせいでもありません。気付けたら逆にソッチの才能で食っていけますよ。」

 

「死は万人に共通ですから。ただ早いか遅いかの問題です。基本的に回避は無理です。」

 

『航海中に部屋でひとりで亡くなっててね。発見された時はもう冷たくなっていたよ。ベッドから転げ落ちた体勢で…相当苦しんだのだろうな。』

 

「………そうですか。助けを呼ぶために電話まで辿り着きたかったんでしょうね。」

 

『しかも…発見後すぐ海保に通報したら、遺体に誰も触るなって言われたんよ。事件性を調べる為に現場保存しろって。』

『入港するまで約24時間。遺体が痛まない様にクーラーをガンガンにかけながら………。冷たい床で力尽きたままの状態で放置するしか無かった……気の毒に。』

 

 

「そうですか。可哀想に……。亡くなった後に電話が鳴ったのは…多分、部屋に残った彼の念の仕業でしょう。ドアノックの件は…親しかった船員さんに別れを言いに来てたんだと思いますよ。」

 

「もう彼の気配は感じなくなはなりましたが…でも、もしかしたら…四十九日過ぎるまでちょくちょくあるかもです。おそらく害は無いでしょう。都度、ご冥福をお祈りしてあげてください。」

 

『わかった。心に留めとくよ。あと、さっき君からの電話の声が聴こえなかったのは?電話は故障してなかったのだろ?』

 

「ああソレは…このような霊現象の前兆や最中は周囲の電子機器の調子が悪くなる事がよく起こりますからね。」

 

「部屋に残っていた念は払えたと思います。もう大丈夫でしょう。後は、お祓いやお清めをして乗組員さん達の気持ちを落ち着かせてあげれば良いかと。」

 

『そうだな。帰港したら乗組員一同で線香あげと、船のお祓い、お清めを予定してあるよ。』

 

『…危ない目にあわせて本当にすまなかった。この状態でしばらく様子をみようと思う。不具合が収まらないようならまた連絡するから。』

 

「了解です。……それじゃ、あとは…何も無ければ本日の作業を終了して帰りますが。」

『ありがとう。終了してくれ。』

「了解です。ちなみに整備完工のレポート………どうします?電話機の不調はオバケが原因だったと書きますか?」

『いや、、、ソレは両方の会社にまかり通らんだろ。九燈くんの都合が良ければ電話機整備のレポートは無しでお願いしたいんだが…』

 

「その方が良いです。ふざけた報告書を出すと事務のアネゴにぶん殴られそうですから。」

 

『まだ事務長はご健在か。長いな彼女も。』

「社長より強いっす。オバケより怖いっす。」

『アハハ。今日は本当に苦労をかけたね。お疲れ様でした。…ちょっと肩もみするけん両肩を触らせてな。』

 

「………?とんでもない。結構ですよ、いやいやいや。」

 

船長は自分の後ろに回り込み、両肩に手を置いた。すると…両肩がじんわりと暖かくなり、ジワジワと全身に伝わっていく。

 

「!!!なんすかコレ!?スゲー癒しのパワーツ!?」

『ご先祖さまは代々ヒーラーの仕事もしていてね。親戚の何人かはスポーツのアメリカ代表チームの専属ヒーラーを今でもやってるのよ。』

「マジっすか!?」

 

『いいから、少し動かずに黙っとれ。集中するから。』

 

九燈はそのまま船長の癒しのパワーに身を委ねた。

強い霊気に深く侵食され冷めきっていた身体に熱いモノがドッと入り、中の冷気を押し出していくような感じがする。

ダルさや寒気、冷や汗がみるみる回復し、湯上りの様な爽快さを感じてきた。

 

『はい、終わり。』

 

「………ナバホ…凄かったです。。。」

 

『余計な仕事までさせてしまったお詫びと感謝の気持ちだ。ナイショにしといてくれよ。』

 

「了解です。密室で謎のセクハラ施術を受けましたとアネゴに報告しときます。」

『ハッハッハーッ!言うね~。』

 

「ありがとうございました。それでは機会があればまたご依頼よろしくお願いいたします。」

 

『あとこれ、なんというか…今日の整備作業の書類だ。後で確かめておいてくれ。』

 

「了解です。それでは失礼します。あと、セクハラは冗談です。」

『ガハハハッ!わーっとるわい!はよ帰れ!』

 

船長から封筒を受領し、船を降りた。

 

レンタカーの車内で発車前に封筒を開け書類を確かめる。

 

…………5万円と手書きのメモが入っていた。

 

〖特別な作業への個人的な報酬としてご自由にお使いください。(返信返礼は不要!!)〗

 

「ラッキー(笑)」

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極天湯

車のエンジンを掛け港を後にする。サイドミラー越しに船を見ると船橋の外から船長が見送っていた。

窓を開け片手を出し封筒を2~3回振って見せると、向こうも片手を挙げ応えてくれたようだ。

 

イヤホンを装着し運転しながら電話をかける。

「社長。本日の作業は無事に終了しました。何も無ければこれで上がりますが?」

『わかった。お疲れさん。次もそこで3日後の午前10時だな?抜かりの無いように頼むぞ。』

「了解です。お疲れ様でした。」

『次の手配を済ませたら、後はゆっくり休んで観光でもしとけ。極力鳴らさんようにしとくが電話にはいつでも出れるようにしとけよ?』

「はーい。ありがとうございました。それでは失礼します。」

 

電話を切り宿泊先のビジネスホテルへ向かう。

 

チェックインを済ませ、部屋のベッドへダイブする。

 

かなり疲れた。仰向けになりスマホで周囲を検索する。

 

繁華街、観光名所、温泉、グルメ、ナイトスポット………

高級なお風呂屋さんはこの街には無いようだ。

健全なお風呂屋さんは…近くに〖極天湯〗という温泉施設がある。

 

全国に点在する砂竈神社の本社も近くにあるようだ。

 

情報をもとにアタマを回転させて今後の予定を組む。

温泉→メシ→散歩→神社

カンペキ(๑•̀ㅂ•́)و✧

 

自宅にテレビ電話をかける。

〖はいはーい。無事ね?〗

自分が出張の際の妻はいつもの如く上機嫌そうな表情をしている。

「何とかね。仕事終わったわ。そっちは平和?」

『平和よ~。今ふたりしてドラえもん観てるわ。』

スマホに映る我が子らはネットテレビの真っ最中でコチラには一切視線を向けない。

「おとーちゃんですよ~。元気ですか~?」

手を振って我が子らに呼びかけてみるが…

二人ともチラッと一瞬だけコチラに顔を向け微笑んでくれたが、その後は何度呼びかけても完全にシカトされ…のび太の醜態を観ながらゲラゲラ笑っている。

 

『タイミングが悪いわ。』

「そーですね。元気そうだからまぁいいや。」

『いつ帰ってくんの?』

「3日~4日後だから週末だわ。」

『来週の土曜日は幼稚園の発表会だかんね~。』

「それまでには帰れるだろうよ。ヤツらの衣装、可愛いヤツあった?」

『あったよ~。』

「そりゃ楽しみだわな。じゃあまた後で掛けるわ。」

『はぃ~』

テレビ電話を切り…外出の準備を開始する。

 

時刻は午後16時過ぎ。少し急いで行動しなければ…帰宅ラッシュと噛み合い道路も施設も人で混むだろう。

 

室内の浴室コスメをポーチにしまい、愛用中の肩掛けのカバンに室内のバスタオルとハンドタオル諸共ぶち込み、風呂より先に全部着替える。

着替えをカバンに詰めると、かなりかさばるので移動しにくい。

 

支度を済ませホテルを出ると、さっきより交通量が随分と増えていた。

土地勘がない地で渋滞にハマってしまうとかなり気を使う。徒歩の方が気楽に移動でき、心労や到着時間的に大差なかったりする。

これといった用事も無いので街並みをボチボチと観光しながら温泉まで歩いて向かうことにした。

 

 

冬場の東北は今年は暖冬と言えども地元南国と違い格段に空気が冷たい。

カラダは適度な運動で多少火照ってはいたが、手や耳がかじかんで冷たくなっている。

 

少しナメていたかなと反省しつつコンビニで缶コーヒーを手に入れポケット内で手を交互に温めつつ、

鼻の奥をツンと冷やす冬場のキリッとした寒気と、間も無く日が落ちそうな街並みを紫煙と共に楽しみながら歩く。

……………………………

……………………

…………

……

 

「………さみぃ。」

「さみぃさみぃ寒みい!!!」(怒)

(東北様の冬をナメ腐っとったわ。)

(めちゃサムいです。ごめんなさい。)

(おミミが痛いです。)

(お花から汗が止まりません。)

ガタガタガタガタズルズル…………

 

「温泉ゎまだか!!!」

 

出発して大体20分くらい経ったか、建物の間からは目的地であろう〖♨〗マークがチラチラと見えている。

Googleマップ様を持つ手は数十秒おきに左右を入れ変えながらポケットで回復させている。

両耳は、もはや痛みを通り越して…………無。

〖耳なし彦いち〗さんみたいだ。

 

ヴッヴッヴッ。

『よん、ひゃく、めーとる先、次の…交差点ぉ、右、ほうこう、ですっ。』

Googleマップ様のナビ声も若干誇張されイライラする音声に聴こえてしまう。

 

400m…。陸上トラック一周分。オリンピック選手が走って50秒くらい。

ダッシュすれば3分でイケるかも。

 

3分頑張れば極楽なお湯でホッコリできる。

 

だが…

こんな街中でマジダッシュするとなると…周りにかなりの醜態を晒すハメになるよな。

先程、のび太をみてゲラゲラ笑っていた我が子らの顔が浮かぶ…。

 

ここはプライドを捨てて駆け出すか、寒いのをガマンしてこのまま鼻を啜りながら人の流れに従うか……

横断歩道の待ち時間内での決断を試みる。

…………………

…………

(………よし。走ろう。寒すぎて死むゎ。)

 

スポーツのトレーニング中みたいにちょっとカッコつけながら、、、まずは常識の範囲内の速さでやろう。

 

信号が青に変わると、クルマが曲がる時に横断歩道上の歩行者が気を使って駆け足して渡るくらいの速さで駆け出す。

視線を浴びても恥ずかしくないフォームで走る。

 

カバンの中身がユサユサと上下して実に走りにくい。

でも頑張って見られてもおかしくないようなフォームを作る。

中身を道端にぶちまけないよう片手でバッグを押さえながら頑張る。

 

『クスクスクス』

100mくらい走っただろうか。後頭部の少し上ら辺から聴き慣れた笑い声がする。

 

『必死ですね~。もっと速く走らないと。歩くのと大して変わらないじゃん。』

(うるせぇよ!頼むから今わ邪魔すんな!たのむからぁッ。)

 

声のヌシを遠ざける為に駆け足の速度をあげる。

『つべこべ言わないではよ走れ!寒くて死ぬる~。ゲラゲラ(笑)』

「おまっ…(温泉終わってから相手してやるからイマはやめれ!)」

 

『つかね、ハナめっちゃ垂れてるよ。ハズっ。ゲラゲラ(笑)』

カバンからハンドタオルを引き抜き顔半分を押さえながら走る。

カバンも空いた手で同時に押さえながら…走る。

 

『いやぁ~実に良い、ナイスなフォームだ。写メってバラ撒きたいわ。ゲラゲラゲラ(笑)』

 

無視。

 

ヴヴヴッ〘目的地は左側です。お疲れ様でした。〙

Googleマップ様が機械的かつ、ご丁寧な音声で到着を知らせると〖極天湯〗のオシャレでモダンな正面玄関がみえた。

 

『おつかれー。いいもん見れたわ。ヤル気のない仲良し持久走くらいの速さだったけどね。』

 

「ハァハァ…………体力の限界!(半泣)」

『ナイスウルフ!(千代の富士)ゲラゲラ(笑)』

 

『はよ温泉はいってきぃ。凍え死ぬわよ(笑)』

「ハァハァ……もぅ寒くないわ!ランナーズハイじゃ。」

『クスクスクス………。』

彼女の声と気配が無くなると息を整えながら正面玄関をくぐる。

 

いつもの如く靴をSHOHEI君の背番号のロッカーに預け入浴券を購入。

広い館内は適度な湿度と、さっきまで寒さで硬直気味であった身体がホッと和らぐ心地の良い室温。両手と両耳に血流が戻りジンジンと暖かさが沁みてきた。

 

この温泉施設は男女問わず幅広い年齢層が利用しているらしく、奥の休憩スペースで楽しそうに団欒している家族連れや

火照り気味な血色の良いモチ肌の濡れ髪艶やかな湯上がり美人がすれ違い際にフワッと残した良い香りに癒されながらロビーを目指す。

 

喫茶スペースで骨張った頑固そうな爺様がオロポのジョッキを旨そうにぐびぐび流し込んでいる姿や卓球台の周りを楽しそうに走り回る座敷童子からは…目を逸らしといた。

 

(480円か。超安いじゃん。)

チケットをフロントのおばちゃんにロッカーのカギと交換してもらい男湯の暖簾をくぐる。

(17時前…空いてたらいいな。)

時計を見つつ廊下を進み脱衣場の入り口のスライドドア越しに中を確認してみた。

脱衣場には客が2人。体を拭く湯上がりおっさんの色白なケツと髪の長い女性が歩く後ろ姿がちらりと見え、ロッカーの曲がり角で見えなくなった。

(ラッキー。まだ多くは無いな。………ん?)

振り返って向こうの入り口を確認してみたが…進んで来た廊下の奥にはしっかりと男湯の藍色の暖簾が揺れている。

(この時間帯にお掃除が入るか?混み合う前の見回りか?…まぁいいか。)

 

嬉しい事にSHOHEIくんのロッカーが空いていた。

ビジホから持ってきたボディソープとシャンプー、リンスが入ったポーチを取り出し、用済みのカバンと時計をロッカーにぶち込み脱衣に入る。

 

ダウンジャケット、靴下、ニットセーター、ジーパンを素早く順調に身体から外し、ヒートテックを脱ぐ途中…左側に人の気配と冷たい空気の流れを感じた。

 

(おぉぃ…ロッカーたくさん空いてんじゃん。なぜすぐ隣にわざわざくるかな…運悪ぃな…)

ため息混じりに服を頭から外すと、女性の姿を視界の端がとらえた。察するに…さっきちらっと後ろ姿を見たその主だろう。

……………たぶん全裸である。

脱衣行動がストップしてしまった。

 

あともう1枚脱げば温泉なのに………。

 

女が横でずっと立っているので最後の砦を開放できずにロッカーに入れた脱いだばかりのヒートテックを眺めていた。

 

『………ミエてますよね?』

 

「…………ここ、男湯っスけど。」

ボソッと小声で返すと視界の端の女性は、ぬうっとコチラを前から覗き込んできた。

少し嬉しそうな表情だ。

悪い感じはしない。

 

「あの………。」

『みえてるんでしょ?』

 

「寒いので…まずは先に浸からせてください。」

『あっ……ごめんなさい。露天風呂……空けときますから。』

 

悪いモノを寄せ付けたくない時に使う〖離れろオーラ〗が効いたようだ。女性は後方へすう~っと静かに気配を消した。

 

(カラダを視なくてよかったな…股間がもし反応してたら…ある意味、収まるまでこの場を動けなかったわ)

 

……………

 

最後の砦を開放しロッカーにカギを掛け、やっと入場。

ぬるめ、高温、薬湯、水風呂、露天、サウナからなる浴場は客は見える範囲で10人いないくらいか。

サウナは人気のようで入り口付近からでも室内が混みあっているのが見えた。

 

洗い場でビジホコスメの封を切り洗体を済ませ、先ずはぬるめの湯に飛び込む。

 

体を芯から温めるには…ぬるめから少しずつ温度を上げていくのが好きだ。

先に高温からいくと温泉の効力がカラダの芯に届く前にのぼせてギブアップしてしまう方が早い。

 

あの女のオバケの事は気にはなっていたが、まずは温泉で癒えるのが先だ。金も払ってるし。

そう思いながらお湯に使っていると、常連ぽい爺様方2人が隣の熱めのお湯に入り話し始めた。

 

「今日は外湯は行かんのかい?」

『ぬぁ?今日は気が乗らん。やめとくわ。』

 

「一回りするのが日課なんじゃろ?珍しいこともあるもんやな。カラダどこか悪いのけぇ?」

『いんやぁ~。気が乗らんだけじゃ。たまにこんな日もあるけのぉ。』

 

爺さん方の会話を隣で聴かされながら、

よくある年寄りの健康やら薬やら病院の話だろうと特段気にせずバブルのあわあわの感触に癒され中だったのだが…さっき脱衣場で会った女のオバケが言っていた事が気になってきた。

(まったくもう…爺様達が迷惑してんのはおそらく僕のせいだわ)

まだ心身の冷えは完全に取れていなかったが、渋々とぬるめの湯を切り上げて露天風呂へ向かう。

 

 

スライド式の露天風呂への入り口を開けると、冷たい外気がブワッと全身にあたる。

まだ温まりきっていないカラダには実に不快な外気温。下半身は一気に縮み上がってしまった。

しかも、予想通りちゃんと冷気に霊気が混じっている。

 

「はぁもう最っ悪!!」

腕を組み背中を丸め、寒い寒いとグチをこぼしながら露天風呂へ急ぐ。

 

外気浴の〖ととのう〗スペースにも誰もいない。外気エリアに出ているのは自分ひとりだろう。

外気浴スペースを通り抜け、少し奥の岩作りの露天風呂に掛け湯もせずそのまま飛び込んだ。

「あ”あ”あ”ぁぁっ…あったけぇ~。1回死ぬかと思ったゎ。」

湯に浸かりながら辺りを見回してみるが女の幽霊は見当たらない。

円形の露天風呂は屋根はなく、石造りで中央に人の高さくらいの立派な置き石が設置してある。

置き石の裏側は死角になって見えないので肩を湯から出さないように移動し、裏側も確かめたが誰も居ない。

 

誰もいないが、すぐ近くに気配は感じる。

「来たぞぉ!どこにおるん?」

『ココにいますよ。』

声のした方を見るが誰も居ない。

『いや、、、コッチコッチお湯の中。』

「どわぁッ!!」

すぐ近くの湯の中に仰向けで浮遊し上目遣いでコチラを見ている女の幽霊が居た。長い髪の毛が水中で広がり自分のカラダに触れそうだ。

「それじゃ土左衛門じゃねぇか!気色悪いからどうにかしてくれ!」

『土左衛門てなんですか?』

女はそのままゆっくりとコチラに近づきながら話しかけてくる。

「水死体の事ッ!気味が悪いから!あぁもう!髪の毛!僕のカラダなでなでしてる!」

『この方がラクなんですけど。…髪の毛…気持ちくない?』

「新感覚♡………ぢゃねぇって!まぁ…まずその体勢ヤメてフツーに座ってくれ!」

 

女は水中からむくりと頭を出すと中央の置き石の横に腰掛けた。

『びっくりさせましたね。ゴメンなさい。』

「ヤバかった…つか…まぁそれは別に構わんけど。ここは公共の場だからお客さん追い出すのはやめなはれ。」

『わかりました?空けとくって言ったでしょ。アナタが早く来ないのが悪い。うふふ。』

 

「……なんじゃそれ。つか、ご老体の方々には外気とアンタの霊気のダブルパンチはキツいって。ヘタすりゃ心臓とまるわ。ヒートショックなんちゃらってヤツ。寒い冬場に水場に寄ってきた幽霊とたまたま鉢合わせした時に特になりやすいんだからね!」

『ココを貸し切るのは私の事が視える人が来た時くらいですから。たま~になので大丈夫ですよ。』

話した感じ…あまり悪い霊では無いらしい。

面倒くさそうではあるが…コチラもあっち行けオーラを放出するのを止めて話題を変えてみる。

 

「…………んで?僕に何の用っすか?」

この言葉を待っていたのだろう。女の霊は表情を更に明るくしながら話し出す。

『私をここから連れ出して欲しいんです。』

「はぁ?勝手に出ていけばいいじゃん。視た感じココに執着したり縛られているワケでも無さそうじゃんか?」

「スゴ~い!そこまでわかるんですか?プロの方ですか?」

女は座りながら身を乗り出して更に嬉しそうにコチラを見ている。

「全然プロじゃないよ。ニワカと言うか…。つかさ………お股を閉じるか、お湯に浸かるか、どっちかにしてくれ。さっきからチラチラとすげー気が散るから。」

「あっ………ごめんなさい。フツーに視える方でしたね。私の事が視える人、なかなか入ってこないので。すみませんでした…うふふふ♡」

 

女の霊はそう話しながら腰掛けていた置き石の台場からゆっくりと湯船に降り、肩までお湯に浸かった。

『はぁ~♡いい湯だねぇ。』

「オバケにも湯の良さがわかるんかい!?」

『梅干し思い浮かべたら口が酸っぱくなるでしょ?それと似たようなモノです。ココは生前よく入りに来た温泉ですから。』

 

「そぉすか。勉強になります。」

 

彼女はゆっくりと九燈の隣に移動し更に言葉を綴る。

『それで、どこに連れてってくれますか?』

「いやいやいや。いつからそういう流れになってんの?この後ゴハン食わなきゃなんですけどッ。しっかり予定があるの!邪魔しないでくださる?」

『じゃあワタシがいいお店教えてあげます。』

「おっ!いいねぇ。なら今ココで教えてくれ。予算は5万円。酒は飲まん。肉か和食で。せっかくだからご当地グルメっぽいのもいいなぁ♡」

『…………聴くだけ聴いて連れてってくれないでしょ?』

「当たり前よ。イマワタシハね、普段、数少ない崇高なひとりの時間を最大限満喫しようと企んでいるのだよ。マジで邪魔しないで欲しい。」

 

『………わかりました。ムリを言ってごめんなさい。他をあたります。』

「分かれば結構。んじゃ…僕は中に戻るわ。早くココを解放するんだよ?営業妨害だからね。」

 

露天風呂を出て浴場内へ向かう。………が、遠ざかって行く間も背後から湯に浸かったままの彼女の悲しそうな視線が背中にグサりと刺さるのを感じていた。

 

「………………………ああぁもうッ!!!なら僕が出てくるまで正面玄関で待っとける?連れてくの1件だけだからね!?わかった?」

振り返ることなく彼女に言うと、

『うふふ。ありがとう。ロビーで待ってます。ごゆっくり温泉楽しんでください。』

「混浴のお礼や!早くこの貸し切りを解除しときぃよ!」

『あっ…はぃ!今、、解きます。』

付近から彼女の気配と霊気がそよ風のように消えていき、清々しい空気になった。いつの間にか火照っていたカラダに冷たい外気が心地よい。

〖ととのう〗エリアのチェアーにそのまま仰向けに寝そべり外気浴していると、露天風呂へ向かう客が前を横切って行った。

外気浴を終え熱めの浴槽へ向かう途中サウナも向かいがけに覗いて見たが、10人くらいのキャパの室内には5~6人くらい横目で確認できた。

 

さすがに食事前にオヤジどもの身体から発せられた汗や水蒸気に満ちた空間でそれを口や鼻から取り込むのはご遠慮しとこう。

熱めの浴槽が見えたが、もう時間的に混む時間帯らしくゆっくり手足を伸ばせそうなスペースが見当たらない。

ちょうど1番奥の薬湯が空いているのが見えたので薬湯の浴槽にひとり落ち着いた。

熱めの湯加減。オマケにバブル付きで案外コッチで良かったかもしれない。

温泉の効能と漢方薬草の効果でパワーアップされたお湯は、目の前に張り出されているパネルの効能を読んでくうちに、なんだか効力が増していくように感じる。

湯は土色なので見た目は悪いが…。

 

10分~15分浸かって外気浴を2~3セットとパネルでは推奨されていた………が、

あの女の幽霊を待たせているのが気になり、2セット目突入を渋々諦め冷水シャワーを軽く浴びた後切り上げた。

 

男湯を出るとエントランスはさっきより明らかに客が増えていて腰掛けてくつろげそうなスペースが見つからない。

自販機でコーヒー牛乳を手に入れそそくさと外の喫煙所へ向かう。

 

正面玄関の自動ドアをくぐる前、女の幽霊が話しかけてきた。

『あのっ』

「ごめん。もうちょっと待ってね。1本だけ吸わせて。」

『あっ、はい。ごゆっくり』

「ちゃんと服きてるやん(笑)」

女の幽霊を残し喫煙所のベンチで一息つく。

いつもなら高確率でアイツが邪魔をしに来るのだが、気を使ったのだろうか。今回は何も…気配すらない。

 

事を終え、正面玄関へ彼女を迎えに行くと…あれからずっと入り口の外で待っていたようだ。

 

「おいおいおい。中で待っとけば良かったのに。めっちゃごめん。」

『幽霊ですから全然寒くないです。死んでるので時間もたくさんありますし。』

彼女は笑顔でそう答えた。

「それもそうか。…じゃあ、行きましょうか。ゴハン前に先にお風呂入っちゃったから…今ちょっとおなか減ってないや、カラダがまだ熱いから少し歩いて風にあたっていいかな。」

 

『そうですか。おすすめのお店、何件か候補があるので歩きながら決めちゃいましょ。シュラスコとかどうですか?』

 

承諾を得て3人は車通りに向けゆっくりと歩き出す。

「シュラスコのお店があるの!?」

心地良い夜風の道を、しばらく彼女と作戦を練りながら歩いた後、ゆっくり立ち止まって隣を歩く彼女の方を向きさりげなく聴いてみる。

 

「…………つかさ、ちっこいの。後ろの。誰?」

 

『えっ!…………マヨちゃんです。』

よく見ると…温泉に入る前に卓球台の周りを楽しそうに走り回っていた、あの座敷わらしだ。

マヨは視た感じ歳は5つか6つ。髪をふたつくくりにした女の子。

マヨは彼女の後ろにサッと身を隠し顔半分だけコチラに向けて不安そうに九燈を見つめている。

 

「あっそ。………………なら、お店の候補全部無しで!」

『ゴメンなさい!付いてくるだけで悪さはさせませんから。』

 

「いやいや、、勘違いせんで~(笑)マヨちゃんが食いたいもんがあるお店にしといた方がえぇやろ?」

『えっ!?……あっ、、、はい。ありがとうございます。』

 

「僕にも2人ガキがおってね、外食はやはりお子様が食えるもんメインになるよね~。子供がウマいウマいって食ってるのを見るだけで親は栄養取れるんよ。アタシャ毎回ガキ共の残飯処理担当みたいな。ハハハ。」

「ちょうどカラダもいい感じにととのってきたから、車に乗るべ?」

 

大通りに出るとタクシーを探す。だが…なかなか空車のタクシーがそばを通らなかった。

「タクシーなかなかいないなぁ。…こういう時はあえてこうやるんだ。ちょっと離れときいや。」

九燈はゆっくりとポケットからタバコを引っ張り出し火をつける。

1吸い目…2吸い目に差し掛かる頃、空車表示のタクシーが遠くコチラに向かってくるのが見えた。

 

「ほらね、来た来た。はぁ~タバコもったいない。高いのになぁ。」

携帯灰皿に火をつけたばかりのタバコを押し込み、片手を上げてタクシーに合図をおくる。

 

『あの…まだ行き先決めて…』

「ゆっくり決めていいよ。一旦ホテル帰って借りてる車に乗り換えるだけだから。」

 

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ドライブ

 

一行は宿泊しているホテルの駐車場でレンタカーに乗り込みエンジンをかける。

「マヨちゃん。どこ行きたいか決まった?」

後部座席に並んで座るふたりに九燈は優しく話しかけてみるが、マヨは彼女の左腕にしがみつきうつむいたままだ。

時々チラチラとコチラに視線を向けてくれるが、慣れるにはまだ少し時間がかかりそうだ。

 

「ごめんね~。おじさん超~寒がりで、歩いて行くとたぶん寒すぎてカチコチに凍ってしまうかもだから。」

『すみません。まだ慣れていなくて。』

「ハハハ、ウチの長女も人見知りする時期があったなぁ。慣れてくるのに最低2時間はかかってたよ。」

「それに、自分の事がはっきり視えて、フツーに話しかけてくる変なオッサンが突然現れたら誰でも警戒するでしょ(笑)」

 

「慣れてくれるまで行き先は決めずにこの辺をドライブしてみようか。好きなお歌はあるかな?」

『ジブリとディズニーとドラえもんをよく観ていましたけど…。』

「そう?ならちょうど良かった。じゃあ多分ウチのガキどもと好みが一緒かもしれないな。」

 

車のナビとスマホをBluetoothで繋ぎ、我が子ら用にダウンロードしていた曲を流してみる。

 

曲が流れ出すとマヨは音楽に反応し、顔を上げ彼女をみた。彼女はマヨの頬をひと撫でするとニッコリとほほえみ返している。

 

「じゃ、出ますよ。土地勘無いから、道案内よろしくね。」

『あっ、はい。』

バックミラー越しにふたりの光景をみながら、ゆっくりと車を走らせた。

………………………

…………………

………

時刻は19時過ぎ。帰宅ラッシュはだいぶ収まり街の中でも快適に走れている。

後部座席の彼女はかなり道に詳しく観光名所や、おすすめスポットを経由する道を選んでいるようで、観光ガイドを乗せてドライブしているようなかなり快適なドライブだった。

 

「となりのとっろる、とっろーる♪」

〘クスクスクス……トトロだし。〙

 

「ココよく聴いてて、中身はオレンジ缶って聴こえるよ。」

〘………聴こえる。クスクス〙

『アハハ。聴こえるね~知らなかった。』

アナ雪の〖中身はオレンジ缶〗の部分は2人ともかなりウケたようで繰り返し再生を5回くらい要求された。

 

マヨもアニメ音楽や車窓からの夜景を眺めながら上機嫌の様子。時折笑顔も見せるようになった。

『すみません。おなかは大丈夫です?』

「あっ、忘れてたわ。小さい子の笑顔は反則よね~。めっちゃ養分になるわ。」

 

『マヨ、おじちゃんお腹すいたってさ?マヨちゃんが好きな物教えて欲しいんだって?』

 

〘ん~?…………うどん。〙

 

「よっしゃ。ナビ頼んだ。」

『はい。そこを右で。』

彼女の指示通りに10分くらい車を走らせるとファミリー向けの和食の店に着いた。

『ここならうどん、そば、お寿司、天ぷら…なんでもイケると思います。』

「マヨちゃんが食えるモノがあればなんでもいいわ。」

 

車を降りて店内に向かう。

 

「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」

「はい。でもお座敷がいいんすけど?連れが後から来るかもしれないので。」

「何人様のご予定ですか?」

「3人です。オトナ2人、子供1人。」

「わかりました~。今、座敷はいっぱいなので、ここにお名前書いてお待ちください。」

「はい。ありがとう。」

「田中様ですね。只今…15分ほどお待になるかと思いますが。」

「かまいませんよ。」

「それでは席が空き次第ご案内させていただきます。」

「ちょっと喫煙所にいますのでよろしく。」

 

名前を書いて店を出た。

 

『名前…田中さんなんですね。毎回〖おじさん〗じゃ…なんか気にさわるかなって。』

「あぁ~、ちがうちがう(笑) 僕は…クドウです。漢数字の九に九連宝燈の燈で〖九燈〗ね。」

 

『ちゅーれんぽうとう?』

「麻雀の役なんだけど…知らないよね。燈籠の燈って言ってもバチッと浮かばないやろ(笑)」

『……………たしかに。スマホ触れないから…特にわからないかも。』

 

「実は…おじさんは…ちょっとグサグサきてました。おじさんだけれども~。」

『多分そうだろうなって思っていました。』

 

「アハハ。ちょっとタバコ吸うけん、その辺お散歩してきいな?15分くらい待ちだってよ。」

『車の中でも吸ってもかまわないんですけど。私たちには全然影響無いから。』

「吸い辛いからヤダ。ハイハイ!行った行った。」

 

喫煙所でひとり一服し終えると、もう既に手や耳がかじかんできていた。急いで店内の待ち合い椅子に腰掛け順番を待つ。

 

10分で座席に通され向かい合って着席できた。出されたお茶で手を暖めながらメニューを開く。

時おり、隣の家族連れからの視線がコチラに向いているのを感じたが…2人の楽しそうな顔を見ていると気にはならなかった。

 

「おふたりさん?今から僕はクチでは話さないからね。そっちはフツーに喋って構わないから。」

九燈はふたりに念を飛ばすと…彼女とマヨがしっかりと反応した。意思は伝わっているようだ。

 

『いろいろできるんですね。ビックリしました!生きてる時は幽霊とか霊能者とか…マンガやテレビでしか見たことがなかったので、あんまり信用はしていなかったんですが。』

 

「ハハハ。変なオッサンだよね。気にしないで選んだ選んだ!なんでも好きなの頼んで!」

『頼んでいいんですか!?その……食べられませんけど?雰囲気だけでじゅうぶんですから。』

 

「いいから。メニュー僕がめくるから食いたいもんあればストップ言うてや。」

 

 

数分後…テーブルには3人分の食事が並んだ。

隣の家族連れも配膳係も、たぶん九燈の事をフードファイターか変人扱いしているに違いない。

 

「どんぞ~召し上がれ。」

向かいの2人は目の前の食い物を前に、見つめるだけで微動だにせず…困っているようだ。

 

「………っとね。僕の知り合いのオバケさんはね、湯上りによく現れてコーヒー牛乳を奪っていくのよ。味だけ。」

『マジで!?すか?』

「そう。だから、たぶん食えるはずだよ。死んだ事ないから知らんけど。温泉でも君が教えてくれたじゃん?多分アレに近いやり方だと思う。知らんけど。」

「そのオバケさんいわくね…知らない味や食べた事のない物は食べられないんだってさ。」

「だから…ん~…………。食べれないとか、死んでるとか、一旦置いといてフツーに手をつけてみて。感触から………。」

 

〘おいしい。〙

突然マヨが言い放った言葉に九燈と彼女は驚きマヨの方を見た。

マヨは目の前の〖お子様うどんセット〗をにこにこしながら、まるでママゴト遊びをしているような仕草で………食べているようだ。

 

「おぉっ!マヨちゃん、ゴハン食える?」

〘食べられるよ。ちょっと熱いけどおいしい。〙

 

「そのちっこいパンダさんのハンバーグ食べた?おじさん貰っていい?」

〘食べたよ。どーぞ。〙

九燈はマヨが食べているお子様プレートのケチャップでパンダの顔が書いてあるハンバーグを箸でつまみ口の中に放り込んでみた。

 

………味がしない。苦手なケチャップの味すら全く感じず、まるで粘土を食べているようだった。

 

途端に目頭が熱くなり、涙腺が崩壊しそうになった。

 

「…………………。この…ハンバーグ、、、めっちゃおいしいね。おっ…ちゃん、、おいしすぎて泣きそうだわ。」

〘クスクスクス。よかったね。じゃあわたしが食べたらおじさんにもあげるね。〙

 

「ありが……と。いっぱい食べてよ。オナカ爆発してもいいから。」

マヨに笑いかけると、堪えきれず涙が零れた。

〘爆発する前に風船みたいに、おそらに飛んでいくかもね〙

マヨの隣の彼女は両手で口元を覆いながら、自分とマヨのやり取りを静かに見ていた。両目からポロポロと涙が溢れている。

「ほらっ。マヨちゃん、ちゃんとできてるよ。チャレンジしてみて!」

『………はい。…………ありがとうございます。……やっ…てみ…ます。』

食事時の賑やかな店内で涙で目が真っ赤になった大人1人(幽霊ふたり)の異様な食事は続いた。

 

 

彼女はマヨほどでは無いが〖食べるコツ〗を掴んだ様だ。

九燈は、周りの客や店員からチラチラと痛い視線を浴びながら、最後はベルトを緩め3人分のメニューと2人分のデザート、気の抜けたメロンソーダを無理やり腹に詰め込んだ。

 

彼女の残り物はまだ薄く味が残っていたが、マヨの分は完全に味も素っ気もなくなっており、唯一味がしたのはピーマンとブロッコリーくらいだった。

『ご馳走様でした。…………大丈夫ですか?』

 

「………に見える?リヴァース寸前よ。若い頃ならこんくらい軽く食えたが、今はね………。」

 

支払いを済ませ、外の喫煙所のベンチに大の字で腰を落とし天を仰ぐ九燈に彼女が苦笑いしながら労いの言葉をかけた。

 

「今、、、ちょっと動けんわ。一服してくるから車で待っとき~。」

『あっ……はぃ。マヨちゃん、九燈さんおなかいっぱいで動けないんだって。車で待っていようね。』

〘だいじょうぶ?〙

「危険です。キケンデス。おなか爆発したらウ〇チまみれになります。早くクルマに逃げてください。」

機械音声でマヨに返すと、マヨはケタケタ笑いながら彼女手を引き車の方へかけて行った。

ポケットから車のキーを取り出し、喫煙所から車のロックを解除し車の場所をふたりに知らせ、タバコに火をつける。

メンソールと冷たい空気が鼻から脳天を強く刺激し、一気に覚醒した。

 

(悪い霊じゃないが…さて…どうするか。)

 

あのふたりの真の目的が分かっていない。これ以上深く関わるとかなり危ないかもしれない。

九燈をアチラの世界に引き込もうとしてくる可能性も…ゼロでは無い。

本名も明かしてしまった。もし、あのふたりが悪霊に転じた場合…十分危険だ。

 

彼女がマヨを想う気持ちがどれほどの攻撃力を生むか…

マヨはマヨで子供の純粋な想いは悪気の無い狂気と表裏一体だ。人間の5~6歳なら大人に勝つ事はほぼありえないが、念の強さが攻撃力に比例してくる幽霊なら話は別だ。

 

答えは出ないまま九燈はタバコを吸い終え車に戻った。

 

後部座席にしっかりふたり並んで九燈の帰りを待っていたようだ。

何を話していたかは分からないが楽しそうな表情をしている。

「さて、もうだいぶ暗いし、お開きにして帰ろうかね。」

『そうですね。無理言って貴重な時間を割いてもらい…ありがとうございました。』

「いやぁ~結構楽しかったわよ。じゃあ極天湯まで送るわ。」

 

『あの…少し遠回りしてもいいですか?』

 

「…なんで?」

 

『海沿いの、、、夜景の綺麗な道があるんです。5分くらい遠回りになるだけです。』

 

「…いいよ。明後日の方向じゃなければね。じゃあ引き続きナビよろしく。」

 

『…ありがとうございます。』

 

雪が降ってきた。

しんしんと舞い落ちる雪はクルマの轍を静かに覆っていく。

 

九燈は静かに…慎重に、車を発進させた。

「おぉ~!すげ〜。雪降ってきた。」

「南国出身だからこの歳になっても雪は珍しいのよね。雨が降ればバシャバシャうるさいけど、雪の場合は無音だから…なんか不思議な感じになるよ。」

 

『雪道を走るの恐いでしょ。すごくゆっくり走るから。』

「うん。全然慣れないなぁ。つか、雪国のタクシーが超怖い。どのくらいスピード出していいのかわからんからね。タクシー乗る度に滑る滑る~っていつもドキドキしてるよ。」

 

〘おじちゃんの運転めっちゃ遅い。ママの運転いつもビュンビュンだもんね。〙

バックミラー越しの彼女の顔は少し恥ずかしそうな笑みを浮かべている。

マヨの言葉と彼女の表情から、後部座席のふたりは親子だろうとほぼ確信できた。

父親の話は一切出てこないのでマヨの記憶に父の姿は無いのだろう。

 

「すんません。マヨ隊長。車さんがツルツル滑ったらめっちゃ恐いからゆっくり走るね。」

〘おじちゃんおもしろいから、ゆっくり走っていいよ。〙

 

目的地に着くことを拒んでいるようにも聴こえた。

 

「ありがとゴザイマス。」

車は標識の法定速度より少しゆっくりめに進んで行く。

 

彼女の案内に従いしばらく進むと海沿いの道に出た。

 

雪は止み、ヒトケの無い真っ白な一本道が等間隔にオレンジ色の街灯で照らされている。

雪の白、街灯の淡いオレンジ、夜闇の黒、ダークグレーの空……それらのコントラストが妖しく調和し幻想的に見えた。

 

運転席の右側の街の方向を見ると、いくつもの光がキラキラと入り交じっている。反対側の海の方は…全てのモノを呑み込んでしまいそうな闇がどこまでも広がっている。

今居る道はまるで、この世とあの世の境界では無いのかと錯覚してしまいそうだ。

 

 

〘おじちゃんとずっと一緒に居れたらなぁ。〙

 

「…………」

『…………』

後ろで海を眺めていたマヨが独り言のように小さく呟いた。

和やかだった車内の雰囲気が一瞬で凍りつく。

 

 

背筋がゾクリと凍る。

 

 

ドラえもんの〖こんなこといいな、できたらいいな…〗陽気な音楽が無機質に流れている。

 

 

首の周りがモゾモゾとしてきた。

 

…背後から突然冷たい手が巻きつくような感覚を脳が勝手に首の神経に司令を送っているようだ。

 

 

黙って彼女の言葉を待つ。

 

静かにアクセルから右足を離し、ブレーキペダルに添え、シフトレバーに左手を置く。

 

 

時間が、もどかしいくらいゆっくりと流れている。

 

 

『そうねぇ。九燈さんと一緒に居れたら楽しいかもね。』

 

 

 

(マヨの願いに乗ってきやがった!!!)

背中にじわりと汗を感じる。

ワキから冷えた汗が一筋、脇腹を伝い下着に吸収された。

 

 

バックミラー越しの彼女と目が合った。

 

表情は…………良くも悪くも…この後の展開が読めない。

 

 

車はゆっくり減速していく。

まだ時の流れは通常に戻らない。

 

 

 

 

『クスクスクス。……マヨ、九燈さんを怖がらせたらダメだよ。いっぱい楽しいお話してくれたでしょ?』

〘ふぇっ?…コワイの?わたし怒ったりしてないのに。……………あっ!、、、さっき運転遅いって言っちゃった。おじちゃん、、ゴメンね。〙

 

「いやいやいやいや、ぜんっぜん気にしてないよ!アハハ…。」

〘そぅ?よかったー。〙

マヨはドラえもんをハミングしながら外の闇にまん丸い目を向けた。

 

 

『九燈さん、、生きた心地しなかったデスよね。』

「ハハハ…まぁね。一瞬マヨちゃんの話に乗るんだもんなぁ。アレ…わざとでしょ?」

 

 

『フフフ。………どーでしょう。』

「えーっ、、勘弁してくれよォ~。」

 

『アハハ。ゴメンなさい。大丈夫ですよ。九燈さんに酷いことは死んでも絶対しません。…………死んでますケドね。フフフ。』

 

「よ”がっだぁ”ぁ”ぁー。」

『それ東北弁みたい。』

 

「えがっだァ~ッ。」

『それは違う。』

 

 

静かにアクセルを踏み、恐ろしく長く停滞していた時間軸が通常へと戻る。

車はしばらく進み、海沿いの道が終わりそうな頃彼女が突然停車を要求してきた。

『すみません。最後にちょっと外の景色を見ませんか?タバコも吸いたいでしょ。』

 

「助かるぅ~。寒いから1本だけ。」

ゆっくり減速し路肩に車を寄せてハザードをつける。

車から降りて伸びをするとカラダの数カ所がポキポキと鳴った。

タバコに火をつけ歩道から真っ暗な海を眺めた。

 

目前に広がる闇からは、波の音、潮の香り、海鳥の声……いろんなものがしっかりと伝わってくる。

いつの間にかマヨは自分の足元へ来ていて、同じように海を見ていた。

 

〘抱っこ。…………いい?〙

「ちょっと待ってな。」

タバコを揉み消すとマヨの方を向いてしゃがみ両腕を開いた。

 

マヨはニコりと笑いながら九燈へ飛びついた。上半身が一気に冷たくなったが…不快な感じは全然しない。

 

『寒いのに…ありがとうございます。』

彼女も隣に来て一緒に海を眺める。

 

「おっちゃんさ、車の中で…この海は真っ暗で何も見えなくて…。暗くて寒くて寂しい所なんじゃないかなと思ってたよ。」

 

「だけど…今みんなでこうやって海を見ていると、波の音や海の匂い、風さんの音も聴こえてきて結構にぎやかなんだね。」

〘トリさんの声もいっぱい聴こえるね。〙

「そうだね。僕たちには見えていないだけでホントは楽しい場所なんじゃないかな。」

 

〘ニモもタコも小さいおさかなさんも、クジラもオニダルマオコゼもイクラも海賊も、海に行ったら絶対見えるよ。〙

「アハハ!マヨ隊長はなんでも知ってるね。チョー天才。」

マヨを肩車し、クルクル回る。

〘キャハハハハ!!目がまがるぅ~〙

「ハハハ…目が〖まわるぅ~〗ね。」

〘むぇ~がぁ~まがるぅ~。〙

その場でしばらく戯れていると静かに見守っていた彼女がゆっくりと口を開いた。

『私!……決めました。マヨと向こう側へ行こうと思います。』

 

「決心ついた?その方が断然お得だと思うよ。」

「ここで過去を後悔しながら踏み留まるより、スッパリと諦めて……素直に次の、、、なんと言うか……ネクストステージに立った方が、その分早く転生できたりして明るい未来になるかもだよ。………知らんけど。」

 

『説明ヘタですね。』

「スイマセン。ワタシ、死んだ事ないので!」

医者のドラマのセリフみたいな口調で彼女に向かって親指をグッと立てると、肩の上のマヨも真似してGoodサインを彼女に向けた。

「ちみゎ母ちゃんと一緒に行くのよ!」

〘わかってるし。天才だから。〙

マヨを肩からゆっくりと降ろし、アタマをくしゃくしゃに撫でると満面の笑みをふりまき、彼女の方へ戻り手を繋いだ。

『あなたに会えて…よ……。…今日はとってもたのしかったです。ありがとうございました。』

〘わたしも!ありがと!またあおーね!九燈くん。〙

「あいよ!ふたりとも…風邪ひくなよ~」

 

『さよなら。』

〘バイバーイ!〙

「あっ!最後に。……シュラスコのお店…行ってみるよ。」

『ぜひ!おすすめですよ。』

 

ふたりは何度もコチラを振り返り手を振りながらゆっくりと歩いていく。

手を繋ぎお話ししながらゆっくりと遠ざかっていくふたりの後ろ姿は楽しそうに見えた。

 

「おい。いるんだろ?」

『……………なんすか?九燈くん。』

 

「あのふたり、入口まで案内してくれないか?お迎え来てないから可哀想だわ。」

 

『…………。しゃーないなぁ。貸しにしとくわ。』

「アナタも一緒に逝ってもいいのだよ?」

『タバコでも吸って待っとけ。』

 

「じゃ。頼んだ。知り合いのオバケさんです言えばわかるはずだから。逝き際に最後のガールズトークでもどぉぞ。」

『………はいよ。』

 

遠く離れたふたりの後ろ姿にもう1人加わったのが視えた。

3人はしばし立ち止まり、彼女がコチラに頭を下げ、マヨが一生懸命手を振っている。

両手をいっぱいに伸ばし、さよならの合図を送ると…3人はスッと静かに消えて視えなくなった。

 

 

 

タバコに火をつけ、20mくらい先へ何となく歩いて行くと歩道にたくさんの花束と缶ジュースやお菓子が供えられていた。

 

ネットで調べてみると…地方新聞の記事に、あの親子の顔と、飲酒してひき逃げした男が逮捕された内容の記事がスマホ画面に表示された。

 

ふたりは普段よく利用していた極天湯に向かう途中、海で遊ぼうと近くの海の家に車をとめ、横断歩道を渡っているところに車がノーブレーキで突っ込んだらしい。

 

「クソったれな世界だな…この世は。」

 

込みあげる怒りと虚しさを抑えながら…両膝をついて花束に積もった雪を払い静かに手を合わせた。

 

冥福と幸せな来世を祈る。

 

 

 

『逝ったよ。』

「そっか………ありがとな。」

車に戻り暖房の吹き出し口に手をあてる。

『事故の事は覚えてないってさ。気付いたら極天湯の前にふたりで立っていたらしい。』

 

「そう………。せめてもの救い…………か。」

話を聴きながら知り合いのオバケは静かに助手席に座った。

 

『痛みが残れば即、悪霊になっていたかもね。』

「………そうだな。」

 

「つか、ガールズトークはできたかい?」

『バッチリ(* ー̀ ֊ ー́ )و✧』

『ふたりとも良い顔して逝ったよ。』

「サンキュ~。」

『つか、いつあのふたりにアチラ側に引き込まれるか…ヒヤヒヤしてたわ。アンタも………毎回毎回おせっかいが過ぎるわ。』

 

 

「反省してまぁす。」

『こういう事に首突っ込みたければ、おっしょさんの言う通りちゃんと修行すれば?いつか死ぬわよマジで。』

 

「ヤダーめんどいー。」

『もしさ、あの時クビ締められてたらどうしてたん?けっこうあの時はヤバいって思ったやろ?』

「ちょーヤバかったマジで。まぁ…事故だけは避けて、フルパワーで跳ね除けつつ、車停めてからふたりまとめて体内に取り込もうと思ってたよ。可哀想だけど。」

『そう。アンタに取り込まれたら消えて無くなるもんね。』

『今のアンタには〖寄せ付けない〗か〖取り込む〗かの2択しかないんだから…ちゃんと修行しなさいって。選択肢が増えるでしょ?』

 

「いやぁ~…できるだけチカラを使わずにやりたいんだよね~。まだあのふたりには人の心が残ってたし。」

『………。まっ、アンタを殺せるほどのチカラを持ったオバケはなかなかいないからアタシも大目にみてるけど…気い付けてよ。奥さんや子供たちの為にもね。』

「わかっとるぅ~。」

 

 

『さてと、〖貸し〗はどうやって返すつもり?』

「べろちゅーか、はぐちゅーではどうかね?んんん???」

『いらんわ!!』

「ギャハハッ!」

「…………今回はマジで恩に着る。借りは必ず返すよ。」

『真面目か!』

 

『じゃあ、そろそろアタシもこのへんで帰るわ。』

「ありがとう。帰り気を付けろよ。。」

 

『ソレ…たぶんこっちのセリフだわ。クスクスクス。』

「何が可笑しいん?」

『いやぁ、、、先に笑っといたげる。じゃあね~九燈選手。クスクスクス。』

 

知り合いのオバケは静かに助手席から消えて居なくなった。

バックミラーを調整しベルトを締め、いざホテルへ向け車を発進させようとしていると…………ある重大な事に気付く。

 

 

「こ・こ・わどこじゃあぁぁぁッ!!!???」

 

ハンドルに突っ伏した衝撃で車のクラクションが〘プッ〙とかわいく鳴った。

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神社

スマホのアラーム音で目が覚めた。

時刻は正午。

スヌーズを解除し、仕事関係や妻からの通知の有無を確認した後、ゲームアプリのログボを獲得する。

一通り作業を終えた後、ダラダラとベッドから這い出す。

トイレを済ましユニットバスの浴槽に備え付けのボディーソープを20プッシュくらいとホテルコスメのボディーオイルをぶち込み蛇口をひねる。

寝ぐせを押さえながらベッド脇のカーテンを少しずらして外の様子を確認してみる。

外は快晴。少し風が強そうか、、、昨日よりは暖かそうではある。

起き抜けに正午の陽射しは、なんとも不快だったが…平日の忙しない街並みを昼まで寝た後に見下ろす気分は、悪くはない。

 

昨日はあの後…カーナビとGoogle様のチカラでコンビニでタバコを買い足し真っ直ぐホテルへ帰ってきた。

そのままベッドへ倒れ込んでからは記憶が無い。

 

相当疲れていたのだろう。スマホの履歴から午前4時と7時と7時15分の目覚ましアラームを自ら止めた形跡はあるが、止めた記憶はさっぱり無い。

 

タバコに火をつけやんわりと考えてみる。

 

通常時の目覚ましアラームは3回。

1、夜中にわざと起きて二度寝する用

2、起床用(理想)

3、寝坊用(これ以上寝過ごすとヤバい時間)

 

平日休みのアラームは夜中の二度寝用が無くなり、ガキ共の登園時間に合わせた設定をしている。

 

今日みたいな完全オフの日はアラームを全て解除して寝るのだが…

なぜ正午にアラームをセットしたのか…

 

ユニットバスの方からボコッと空気混じりのお湯の音がした。

 

(お湯…溜めてたわ)

自前の歯ブラシを咥え、熱めの浴槽に浸かり天井をぼんやりと見つめながら足を伸ばしていると、だんだんと脳が覚醒してきた。

「………そうか。カキ小屋の営業時間が11時~15時だったな。」

昨夜、コンビニの向かい側に昼しかやっていないカキ小屋を発見し、ランチに寄ってみようと…車の中でセットしたのを思い出した。

身支度を整え部屋を出た。昨日、大量に食ったせいで胃がもたれている。しばらく何も食えそうに無い。

「カキ小屋はやめとくか…。」

降りのエレベーター内でひとりボソッとつぶやく。

ロビー脇にある自販機で炭酸飲料を手に入れ、気になった観光案内のパンフレットを全て引き抜きソファーに身を預け今日の作戦を考える。

パンフレットにはどれもオシャレで豪華な料理の写真が載っており…絶賛胃もたれ中の今の自分には何も魅力を感じない。

「ふーん。……却下。」

パンフレットを折りたたむと肩掛けカバンにしまい、タバコを吸いながら車に向かう。

昨日、彼女に教えてもらった観光スポットを日があるうちにもう一度巡ってみることにした。

………………………

………………

……

地元に住んでいた彼女がおすすめしていたルートは、要所はしっかり押さえつつ、観光客が来ないようなディープな場所まで、飽きる事なく充分に楽しめた。

途中、おすすめされていた酒屋で地酒と魚市場で安く購入できた岩牡蠣と勧められ試食品まで貰った挙句、断れなくなって強引に買わされた鰯のカルシウム煎餅を実家と親戚に土産として送った。

昨日行きそびれた砂竈神社は、観光客が多すぎたのでザッと一通り見物し、賽銭だけ投げてきた。人気が無くなった後の夜間にじっくり参拝することにした。

胃もたれが治まり…小腹がすいてきたので遅めのランチをとる。

神社の近くにちょうど彼女とマヨがよく足を運んだ手打ちの蕎麦屋があるのを思い出し、そこへ向かう。

 

「…………おぃ……大丈夫かよ。」

蕎麦屋の前で足が留まった。

その蕎麦屋は〖黄金そば〗という名で…さぞかし煌びやかでお上品なイメージをしていたが、

目の前にあるのは、昭和~平成初期に建てられたであろう…古い民家のようなアズキ色の建物。

今流行りの〖古民家再生カフェ〗的なオシャレ感は無い。

さすがに、初見で入るにはかなりの冒険感が漂う。少し勇気が必要な店構えだった。

しかも、この〖黄金そば〗を教えてもらったきっかけは、ラーメン。

美味しい塩ラーメンを出すお店を彼女達に聴いた答えが、この蕎麦屋が出すラーメンだという。…そんな経緯と相まって更に入口に手をかけ辛くなっていた。

店の前でしばらく思案し…恐る恐る古びた暖簾をくぐる。

『いらっしゃい。』

60代くらいの少しフクヨカで愛想のよさそうなおばちゃん店員さんが迎えてくれた。

客は自分ひとり。

「あっ…はい。」

立ち尽くす自分におばちゃん店員が

『空いてるところどこでもいいよ。じゃあ…コチラは?』

とテーブル席をおすすめされたので素直に従う。

『今日は暖かいね~。お水が良い?お茶にしとく?』

「じゃあ…お茶で。」

店内を見回すと昭和感が凄い。

木目の壁、コンクリートの床、古びた招き猫、サッポロビールの冷蔵ストッカー、壁掛けの首振り扇風機、木製四つ足の軽いテーブルと椅子、ブラウン管テレビ、ヤカンがのった石油ストーブ、お子さんが書いたであろう魚の絵、サイン色紙……。

年季の入ったレトロな空間。

分厚いブラウン管テレビはちゃんと稼働している。多分…平成初期のモノだろう。

 

でも、なんだかすごく安心感がある。

ガキの頃に戻った感じがして、みょーに落ち着く。

『はい、熱いお茶ね。お水欲しい時は言ってくださいね。自分でやりたいなら冷水機はあちらね。ごゆっくり。』

熱いお茶で両手を暖めながらメニューを手に取り表裏みる。

蕎麦、うどん、ラーメン、カレー、丼物、天ぷら……軽く50種類は超えている。

つか…全体的に安い。目的の塩ラーメンは480円!?

セットでカレーや丼物付けても800円!?

消費税導入よりはるか昔の時代の値段のようだ。

「すいませ~ん。」

『はーい。』

「塩ラーメンで。」

『塩ラーメンね。はーい。』

おばちゃんが注文をとり、奥へ引っ込むと…

さらに奥から紺色の調理服に手ぬぐいを頭に巻いた爺さんと三角巾とエプロン姿の婆さんが厨房へ現れ、おばちゃん含む3人で動き始めた。

客席からそれが丸見えで…たかが自分ひとりの為にご老体家族がオール出勤で塩ラーメン1杯をメイクしている光景に大変申し訳なくなり………胸がキュッとなった。

代われるもんなら代わってやりたい。

なんならもぅ、サッポロ一番でもいいですから………。

 

出された塩ラーメンはチャーシュー、ネギ、メンマ、黄金色のスープ。極めてシンプルな見た目。

ひとくちスープを啜る。

「うっ………………ウマっ!なんこれ!?」

しっかりダシの効いた上品で優しい…丁寧で奥行きのある味に驚愕。

(………毎日食えるわ。)

(ラーメン1杯1000円超える時代に…こんなハイクオリティでワンコイン以下かよ。)

スープまで一気に完食してしまった。

 

あまりにも安すぎる額のラーメン代に申し訳なさを感じつつ店を出た。

 

「もっとおすすめ…きいとけばよかったな。」

外の喫煙所でタバコをふかしながらあの二人の事を思い出す。

 

時計を見ると、時刻は17時過ぎ。

ガキ共へのお土産を探しに近くの繁華街を散策すれば日も暮れて、いい時間潰しになるだろう。

……………………

………………

………

「ロン。5200のチップ1枚。ラストで。」

『ああ?ダマかよ。完全にやられたわ。』

20時。麻雀店を後にする。

 

繁華街を散策途中に偶然見つけた全国チェーンの麻雀店で、土産代を稼いでいた。

機械相手のパチンコはいい台を拾えても短時間だとフツーに負けるが…対人相手の麻雀なら…チカラを使って振り込みを回避し続ければまぁまぁで勝てる。店内は暖かいし、タバコも吸い放題。暇つぶしにはもってこいの場所だ。

「よし。お財布は回復っと。」

繁華街で見つけた手袋とネックウォーマーを嵌め、神社に向かう。

昼間と違い暗い駐車場はガラガラ。一番奥の目立たないところにガラスが全部曇った怪しい車が1台だけ。

「お盛んなこった。」

単独で遊びまくった20代の頃を思い出しながら、その車の隣にわざと駐車した。

 

車を降り、服を整え大きな鳥居をくぐる。

境内はしんと静まり人の気配はない。

各所にある燈籠がロウソクの灯りのように辺りを淡く照らし、朱色と合わさって神聖な雰囲気を醸している。

手水舎で手水を済ませ拝殿へと向かう。

石段を上り、拝殿入り口前の狛犬達を撫で、拝殿でお賽銭を奮発して投げ参拝を済ませる。

 

「もう少し居させてくださいね。」

最後の一礼を終えると、人目につきにくい暗い拝殿の隅に移動し、石段に腰掛け、頭を垂れて静かに目を閉じた。

 

…昨日、船のオバケとマヨたちの相手をした事で体内に溜まってしまった〖悪い気〗の浄化と、大量に消費してしまった〖気力、霊力〗を充填する為だ。

 

10分ほどだろうか…しばらく瞑想していると、拝殿の入り口付近に気配を感じた。

 

夜間の参拝者だろう。

自分は暗い隅っこに居るので参拝の邪魔にはならないだろうし、おそらく気付かれる事もないだろうと思い、そのまま瞑想を続けていた。

 

ガチャっ………

「!?!?!?!?」

古いラジカセのボタンを押す音の後、いきなり大音量の音楽が辺りに響いた。バリバリのヒップホップ。

 

さすがに集中が切れ、この神聖な場所で罰当たりな事をしている超おバカさんの方に嫌でも視線が向かう。

「は?え?……んんん!?」

頭が回らない。騒音の主は、パッと見…神社の偉い人か?………平安貴族!?

 

「なんだあれ?コスプレイヤーの撮影?つか…ダンス…………キレッキレやな………。」

 

ついには…頭で回転しだした。

「烏帽子!硬っ!?」

回転はどんどん速くなり………ビシッと最後にフリーズを決めた。もはや物理の法則を無視したかのような人間ができる技では無い。

 

ブレイキンな平安B貴族は踊りを終えるとラジカセの音楽を止め、コチラに近付いてくる。

 

『そこのお方、我の舞いはどうであった?』

変な口調だなと思いながら流れにのってみる。

 

「フゥーッ!マジやべぇ!キレッキレでマジ卍!」

『ハッハッハ!そうかそうか。』

平安B貴族は満足そうに満面の笑みをみせた。

 

その顔はひと目で〖薬屋の壬氏〗に似ていると九燈は思った。長い黒髪、整った顔、右目の下の涙ボクロが特徴的だ。

 

「つか?アナタのnameは?何原の何氏?」

『ワレは武甕槌なり。』

「タケミカヅチ?……そりゃ大層な芸名ですね。ユーチューバーか何か?」

『否。本名でおじゃる。』

「またまたまた~。拝見した限り、ガッツリホモ・サピエンスですよね?」

 

「あっ!さかなクンとかふなっしーみたいな妖精系な感じですか?」

『ほっほっほっ………みておれ。少し疼くぞ?』

 

武甕槌はゆっくりと胸元から扇子を抜きコチラに向ける。

 

「がハッ!!!!」

九燈の身体がガチガチに固まって動かなくなった。

声も出せない。

抗おうにも全身に力が入らない。棒立ちにさせられ、そのまま武甕槌の近くに引き寄せられた。

 

武甕槌は九燈に顔を近付けニッコリと微笑んだ後、右手の扇子で額をポンと叩いた。

 

「あばばばばッ!!!」

九燈の全身に電気が走る。が、痛みはあまり感じない。EMSマッサージの強くらいの刺激だ。

 

「わ、かった、、、から。マ、ジですんま、、、せん。あば………ッ。」

『ほう?口をきけるか?たいしたものぢゃ。』

武甕槌は九燈の額をもう一度扇子でポンと軽く叩くと拘束と電流がパッと解けた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ……。つか、いきなり何なんすかもぅ…。イキそうだったわ。」

まだ全身が痺れている。何とか四つん這いの状態で声を絞り出す。

『我の清めのイカヅチでソナタのカラダに溜まっておった邪気を払ってやったのだ。トクベツにな。』

 

「自分で…やれますよ。アナタが邪魔しなければね。」

『すまぬすまぬ。ヌシの瞑想っぷりは、岩の如く周囲に溶け込み、ワレでも気が付けなかった。実にミゴトなモノであった。』

 

「カミ(神)さんに直に褒められると悪い気はしないな。」

『信じてもらえたでおじゃるな。』

 

「…つかですね、フツーに現代の標準語で話しませんか?〖おじゃる〗とかNHKのアニメでしか聞かない言葉デスよ。」

『てやんでぃ!お易い御用でぃ!ってな、チクショーめ。』

「いや…あと150年~200年くらい足りてませんが…。」

『ハッハッハ!冗談だよ九燈君。』

 

「………僕の名前も既に知ってるのね。」

『もちろん。私は〖神〗だからな。しかも高位のな。』

「それで?上級神様が下民のワタクシになんの御用で?」

 

 

『うん。マック買ってきて。』

「…………はい?…………………了解です。」

『素直だな。あれこれ聞かんのか?』

「かなり沢山?がありますけど…話長くなりそうだから。それに、邪気を払って貰えたお礼です。」

 

『察しが良いな。ダブルチーズバーガーの倍。ケチャップ、ピクルスカット。セットはポテトとコーラで。あとはナゲット。マスタードね。』

 

 

「…………………。了解です。じゃあ、行ってきます。」

 

Googleマップで近くのマックを検索しながら神社を後にする。駐車場の怪しい車はもう去っていた。

 

 

マックで品物を揃えて拝殿に戻ると、武甕槌はまた大音量のヒップホップをかけ、グルングルン回転しながら踊っていた。今回は2匹の狛犬が彼の周りを回転しながら走り回っていた。

 

『ハッハー!やっと戻ってきたか。逃げたかと思ったぞYeah!!!』

九燈に向かって両腕を組み決めポーズをとった。

 

 

「…………。はいこれ。どうぞ。」

マックを差し出すと武甕槌は袋ごと九燈の手を掴み空高く飛び上がった。

 

「うぎぃやあああああっ!!!」

『離すでないぞ。落ちて粉々になるぞ。フフフ。』

「さむいさむいさむい!寒いってッ!!!」

『今日は九燈君をトクベツに本殿へ招いてやるからな。』

 

本殿の上空で一瞬無重力を感じた後、急降下を始めた。

「うわぁーッ!ぁたるあたるあたる!当・た・るって!!!」

本殿の屋根が勢い良く迫ってくる。九燈は全身に力を入れて受け身の体制をとったが、そのままするりと屋根をすり抜け内部にフワりと着地した。

 

九燈はその場にへたり込む。武甕槌は素早くマックの袋を九燈の手首から引き抜いた。

『おぉっと、コーラがこぼれるでしょうが。気を付けてくれよ。』

 

 

「もぅ…意味がわからん。寝てんのか僕?夢?」

九燈は本殿の床の上で大の字になり天井を見つめながら頬を叩いてみた。

 

『なにやってんの?リアルだよ。……ムムムッ!?いっばい入ってるぞ。一緒に食うのか?』

「いやぁ…結構。アナタが僕に頼んだモノが普段僕がマックで頼むのと一緒だったから…。どうせ………僕の頭の中、マインドを読んだんでしょ?」

 

『フフフ。ご名答。』

「だから、いろいろ他のフレーバーも買ってきましたよ。今の時期は〖てりたま〗だった。」

 

武甕槌は子供の様に嬉しそうに目をキラキラさせて九燈のすぐ横に胡座をかいて座り、袋から品物を全部出して床に並べた。

 

『いやぁ~誠に恩に着る。まずはポテトからだな。うわぁ♡このポテト長っ。』

上品な仕草で隣でマックに手を付け始めた。美味そうな匂いが辺りを包む。

 

 

九燈はしばらく彼の食いっぷりを黙って眺めていた。

今居る本殿の中は凄く居心地が良く、このままだと寝てしまいそうだ。

ゆっくりと上体を起こし、彼と向かい合って胡座をかく。

 

「ちゃんと食えるんすね。おどろいた。」

『私をそこら辺のチカラの弱いモノ達と一緒にしないでほしいな。』

エビフィレオに噛みつきながら彼が答える。

「タルタル付いてますよ。………口。」

紙ナプキンをわたす。

 

『失敬。あぁ…煙草吸ってもかまわないぞ?』

 

「いや……重要文化財でしょココ。今でさえ、セコムや警察がいつ乗り込んでくるかヒヤヒヤしてるのに。」

『それは大丈夫じゃ。カメラとセンサーは細工してある。もし人が来ても我々の姿はみえない。』

 

「ほんとに?じゃあこの…床にぶちまけてるマック達は?」

『おおっ!?忘れてた。…………。ハイ!これで見えない。』

 

「ホントかよ………。タバコ、いいんすね?」

『かまわん。食い終わったら最後にワタシにも一本くれ。』

九燈は恐る恐る煙草に火をつけてみたが、ホントに警報は鳴らない。

信じて良さそうだ。

 

「つか…僕、罰当たりなことばっかりしてません?神社に肉は持ち込むし、タバコは吸うし、不法侵入に神様にタメ口。」

 

武甕槌はダブルチーズバーガーをもしゃもしゃしながら答える。

『ぜんっぜんかまわない。神はね、良心が欠けている〖ホントに悪いヤツ〗にしか罰は与えないのさ。神より人の方が残酷だよ。大義や法律の後ろ盾があれば平気で何でもするからね。神が与える罰は少なからず〖愛〗や〖チャンス〗が込めてある。……つかこれ、肉とチーズのみ!禁断の味だな!野営を思い出す。』

 

「でしょ?ケチャップ、ピクルスをカットしてあるから肉とチーズ以外、余計な味はしない(笑)野営って…そういやアナタ、戦の神でもあるんすね。」

『イクサバでは人も鬼も神も沢山殺した。肉も酒も魚も沢山食ろうた。煙草も女も博打も一通り嗜んだ。』

 

「なんでもありっすね。」

『我は〖神〗と呼ばれているだけで、我自身を〖神〗とは思ってはいないよ。』

 

淡い照明の中、武甕槌は穏やかな顔でストローを口に当てコーラを飲んでいる。

「神様にはみえない。今はね。」

『変わってくれぬか?もう飽きた。〖神〗。』

 

ナゲット食い始めた。

「嫌ですよ~。そりゃその状態で何千年も生きてりゃ飽きるでしょ(笑)人が滅びるまで〖神〗ですもんねアナタは。」

『そうなんだよ………。君は人が滅びるまで何度も〖人間〗できる可能性があるだろ。羨ましい。』

 

「神様は死ぬんですか?」

『もちろん。』

「どうやって?」

『人に忘れ去られた時。』

 

「……………なるほど。」

『神族や魔族とかの強さは認知度や信仰数とかに比例しているのさ。日本の神も外国の神も。』

 

『例えば…サタンは誰でも名前くらい知ってる。だからめちゃ強いし死ぬ事は有り得ない。万が一、死ぬ事があっても…文献やネット等からサタンを人が認識した時点でまた蘇る。』

 

「なるほどなるほど。神や悪魔を生むのも殺すのも人間次第。」

『そゆこと。』

 

 

『ふぅ~馳走になった。』

「つか、なんでマック知ってるの?」

『ふむ…。参拝客やここで働く者達が話す内容やスマホを覗けば情報はいくらでも手に入る。テレビもあるしな。たまに周囲を散歩したりもする。』

『だが…食したのは数年ぶりだよ。君みたいにチカラが強くて柔軟な考えを持つ者はなかなかいないからな。』

 

九燈は煙草をさしだした。武甕槌は箱から1本引き抜き口に咥えると、右手の人差し指と中指をタバコの先に近付け青白い炎で煙草に着火した。

 

「やはり〖神〗はライター要らずですね(笑)」

『エコだろ。』

武甕槌は満足そうな笑顔をみせると天井に向けて煙を吐いた。

九燈も煙草に火をつけた。

 

「強いチカラねぇ……。僕のチカラを消すには?」

 

『それは、君の中にいるものと君とが相談して決める事だろ。』

 

「師匠と同じ事言う。」

 

『今は、君が必要と思えばそれなりのチカラを解放するはずだが。いらないと思っているうちは現状のままだな。』

『強いチカラを使えば君の精神と身体がもたないだろうし。君が壊れたら中の者も道連れだ。』

 

「ズバリ!僕の中に居るのはなに?」

『神族だ。だが…ひと所に落ち着かない流れ者。さっきから接触を試みてはいるが何も取り合ってくれないな。』

 

「上級神様が話しかけてもシカトですか…。」

『シカト以前。完全シャットアウトだ。私の前ではペコペコする神族が多いのだが…なかなか肝が据わっておる。』

 

「要するに…変わり者?変態?」

『ハハハ。言葉を選べ。ブレない強い志があるんだろきっと。』

 

『神に気に入られる個人は滅多に居ない。何をしたらここまで好かれるのか。心当たりは無いのか?』

「全くわかりません。じゃあ、せめて男か女か分かりませんか?」

 

『男だ。』

「やっぱ変態かも。僕も変態だし♡変態同士気が合うんですかもね。」

 

『フフフ。全く…。まあ、今はそういう事にしておけ。万が一強いチカラを使う時は、中の者に許しを得る事だよ。くれぐれも勝手に出力を上げない事だ。危ないからね。』

 

「はーい。」

 

『今日は九燈君。本当に感謝している。代金は賽銭箱から取ってかまわないよ。見えなくしておいてやる。』

「いや、それ、どろぼう。」

『ここの主が許すんだから盗みでは無いのだが。あっ!そうかそうか、博徒から奪った金があるか(笑)』

 

「奪ったって………。張った張ってないかを相手の〖気〗から感じ取ってるだけですよ。完全には不正では無い。」

『ハハハ。能力、スキルと言えば…………。う~ん。』

にこにこ笑顔で話していた彼の顔が急に少し険しくなった。

 

「………どうしました?」

『少し問題発生~。九燈君この後ヒマ?』

 

かなり嫌な予感がする。

 

「めっっっちゃ忙しいです。帰って夜なべをして手袋を編まないと……。」

『よし!ヒマだね。ちょっと頼みがある。』

 

「…………きょーせい?」

『強~制~。大したことじゃないからさ。』

 

「…………なんすか?」

『ここから少し離れた場所に鬼門を監視している小さな無人の神社がある。そこに居る守衛の神族に札を渡して欲しい。』

「御札?ご自分で渡せばいいのでは?ぴよ~んとひとっ飛びでしょ?」

『それがね、、、急に別件で大事な用ができた。』

「そうですか。御札を届けるくらいなら全然構わないですが。アチラさんは僕が行けばわかるんですか?」

 

『札を見せればわかるはずだ。ワタシがいつも作っている札だからな。』

「何用の札ですか?」

『鬼門が開かないように封をする為のものだ。ワタシのチカラが込められている。』

 

「責任重大ですね。僕で大丈夫なのかな。」

『九燈君だから頼めるのだよ。』

 

「…わかりました。」

『ありがとう。じゃあコレ、札。折れ曲がっても汚しても構わないが、破れないように頼むよ。午前2時までに必ず札を届けてくれ。』

 

九燈は白い和紙に包まれた御札を受け取りダウンコートの内ポケットにしまった。

 

「うわっ!この御札……身体がすげーあったかくなってきた。」

『ある程度の寒さはそれで凌げるだろ?それと……ポチ!隣へおいで。』

武甕槌は天井を見上げて声をかけると、2m程の大きな狛犬が音も無く彼の横に降ってきた。

 

『Pochi君で~す。君の警護と連絡用に一緒に付いて行かせるから。用事が済んだらPochi君をワタシのもとへ戻してね。迎えに行くから。』

 

「警護?危険なんですか?」

『一応、鬼門の近くだから、万一の為にね~。それにPochiがいれば明かりにもなる。』

『Pochi、明かりをつけて。』

武甕槌の隣に座っていたPochiが彼の指示通り淡く暖色に発光した。

 

『言葉もわかるから、調光もできるよ~。両目で前方も照らせる。仲良くしてね。』

 

「アイリスの家電みたいだな。1家に1匹欲しいわ~。」

 

『じゃあ早速たのむよ。手を出して。着くまで手を離しちゃダメだよ。』

 

「ちょっと待って。ゴミ持っていくから。」

九燈は素早くゴミをかき集め、マックのビニール袋にまとめた。

二人は立ち上がり手を繋ぐと武甕槌は勢い良く床を蹴り天井をすり抜け空に舞い上がる。

 

「おお~!全然寒くない。風が気持ちいい。神パワーすげぇな。」

Pochiはふたりの真下を建物の屋根を飛び越えながら遅れること無く付いてきている。

 

「なんか猫バスみたいだな。」

『Pochi君は本気を出せば新幹線くらい速いよ。』

「マジすか。………驚きを通り越して笑うしかないわ。」

 

『それと…Pochi君、犬の名前だけど猫だからね。』

「知ってますよ(笑)狛犬は獅子。獅子はライオンの事だから。〖お手〗って言ったらぶん殴られて首が飛んでいきそう。」

 

『ハハハ。普段は温厚でジョークも通じるから大丈夫だよ。』

 

 

『見えてきたな。降りるぞ。』

「ひい~ッ。」

ふたりは山の中腹、人気の無い真っ暗な道に降り立った。Pochiも数秒遅れて到着すると九燈の傍にカラダを寄せた。

 

「僕、絶叫系の…内蔵浮く系の乗り物苦手なんですけど。」

『そうか?爽快じゃないか。じゃあ帰りはゆっくり降りてあげよう。』

 

周りは暗くて何も見えない。武甕槌とPochiが淡く光を放っていなければ目を閉じた状態とあまり変わらない。

『しばらくしたら目も慣れてくるだろうから。Pochi、明るくしてあげて。』

Pochiが更に明るく光を周囲に振りまくとだんだん周囲の状況が浮かび上がる。

 

今居るのは山の中の古びた道路で車幅が2台ギリギリくらい。元は白色であろう転落防止用のガードレールは黒ずみ、苔が目立つ。

 

『ほら、その道が参道への入り口だ。』

武甕槌が指さす方には、草や落ち葉や苔で半ば埋もれそうな状態のかなり古い小さな石階段のようなものが見えた。

 

「えぇ~ッ!あれが入り口?しばらく人が入った形跡すら無いじゃん。」

『神社の管理人が死んで後継者が居なくなってな。地元の住民もほとんど来なくなった。たまに来るのは猟師くらいだ。』

 

「Pochiが居なければここで断ってましたよ。なんで直に神社に飛ばなかったんですかね…」

『君は人間だから守衛達とスムーズにやり取りをするには鳥居をきちんとくぐって行った方が良い。じゃあ、九燈君頼んだよ。Pochiもしっかりな。』

武甕槌の周囲を霧が包み、手を振りながら霧と共に消えていった。

 

 

九燈はポケットからスマホを取り出しGoogleマップで位置を確認する。

 

今居るこの道と目的地の神社は表示されていなかった。緑色の山間部に自分の位置がポツリと表示されているだけだ。

 

少し離れた場所に廃棄物置き場があるくらい。

カバンからポケットサイズのLEDライトを取り出し入り口を照らす。

 

「Pochi君。よろしくね。よ~しヨシヨシ。」

Pochiのアゴの辺りをわしゃわしゃと優しく強めに撫でると、ゴロゴロと猛獣混じりの甘く低い唸り声を九燈に返した。

 

Pochiを従え気合いをいれて九燈は石階段を登り始めた。

 

神社への道は所々湿った落ち葉や苔に埋もれ滑りやすく、欠けている石段もあり、かなり登りにくい。

息も上がってきたが、心細いので隣を歩くPochiに話しかけながら進む。

 

「Pochi?クマが出てきたらどうしよう。」

Pochiは宙に向かってボワッと火を吐き、周囲が一瞬オレンジ色に染まった。

 

「すげーーーッ!火のブレス!ポケモンバトルできそうだわ。クマもイノシシも一瞬で丸焼きだな!」

歩きながらPochiの背を興奮気味に撫でた。

 

暗い道をしばらく登ると石段の終わりが見えてきた。その先に色あせた灰色の鳥居らしき姿がうっすら見えている。

鳥居は3mくらい、石造りで植物が幾重にも巻き付き、ほぼ廃墟化している。

 

「お邪魔しますね。」

 

頭を軽く下げ鳥居をくぐると周囲の空気がパキッと張り詰めた。Pochiも若干姿勢が低い。

「おぃおぃ…まるで禁足地やん。進んで大丈夫なのか?」

ライトで先を照らしてみたが、生い茂る木々が道の先を遮る。

Pochiはゆっくりと九燈の前に付いた。

細く荒れ、山の斜面に沿うように続く山道を慎重に登って行く。

 

しばらく進むと木々の間から建物らしき人工物の影が見えてきた。

「やっと着いた~。チャチャッと用事を済ませて帰ろう。気味悪いし。」

山道を登りきると平坦な開けた神社の敷地に出た。ライトで辺りを照らし周囲からの情報を得る。

正面に小さな御社、左手前に枯れた手水舎と朽ちそうな小屋がある。

 

「守衛さん…つか、誰も居ないやん。騙された?」

 

仕方が無いので、まずは手水舎の隣にある朽ちそうな小屋を調べてみる事にした。

 

「ん?誰か居る?」

ゆっくりと小屋に近付くと、物陰に人影らしきものを見つけた。

慎重に近付きライトで照らすと、何者かが壁に持たれながら両足を前方に放り出し、今にも力尽きようとしていた。

腹の辺りを右手で押さえているようだが、そこから大量に出血していて着物が赤く染っている。

「うわぁ~!?大丈夫ですか!?」

九燈は急いで怪我人に駆け寄る。

『もはやこれまでか!』

男は傍に置かれた太刀を拾うと九燈らに切っ先を向け牽制した。

 

「わー!ちょっと待って!敵じゃない敵じゃないから!」

『クッ………人か?ワシが視えるのか!?』

「みえるから!刀を下ろして!」

男は太刀を置くと腹を押さえながら九燈に声を荒げた。

『何しに来た!即刻、この場から立ち去られよ!真に危険なり!』

「武甕槌神様より使いを頼まれた!」

九燈は内ポケットから御札を取り出し、傷付いた男に見せた。Pochiも周囲を警戒しながら九燈の隣へ来た。

 

『おぉ!確かにそれは鬼門を封じる封魔の札!ぽち様も来てくださっていたのか!だが…今更遅い。この傷ではしばらく動けん。』

Pochiがゆっくり彼に近寄ると傷付いた腹の辺りを舐め始めた。

『痛みが引いていく…………。かたじけのうございます。』

「そのままで良いから状況を説明してください。現代語できますか?」

着物を染める鮮血がみるみる消えていく。

 

『私は亀吉と申す。鬼門を監視しているこの神社の守衛番だ。少し前に突然襲撃を受け、しばらく応戦したが…敵の数が多く、奇襲も相まって、仲間が囚われてしまった。助けを呼ぶ為に仲間が私を突破させてくれたが、、、傷が深くて動けなくなっていたところアナタとぽち様に助けられた。』

「わかった。私は九燈です。Pochi、今すぐ武甕槌神様に知らせてくれ。」

 

『待ってくれ!先に仲間達を助け出して体勢を立て直しましょう。奴らに食われるか処刑される前に。』

「僕は……兵士じゃない。戦力にはならない。」

『ぽち様がいれば…私とぽち様とで敵を一瞬でも崩せる。その隙に九燈様は囚われた仲間達を解放して頂きたい。』

 

「めんどくせぇ…………。でも、こんな状況じゃ迷っている猶予もないか。できるだけ協力するが…期待はあまりしないでくれ。」

『感謝いたす。』

 

『九燈様。武器は持っているか?』

「んな訳ねぇやん!民・間・人!」

『小屋の中に何か無いか…』

「待て待て!アンタはこのままPochiに傷を癒してもらっときぃ!自分で探してくるから!」

立ち上がろうとする亀吉を九燈は静止させ、急いで小屋の入り口にまわりガタついて開け辛くなっていた引き戸を蹴破った。

 

小屋の中は蹴破った戸がホコリを立たせ、更にカビ臭い。

物置き小屋として使われていたらしく、金属製のモノはどれも赤黒く錆びていて使い物にならないようだ。

 

唯一ライトの光を反射したのはどこの物か分からないステンレス製の鍵束のみ。

 

他に武器になりそうなモノは竹箒か木製のデッキブラシくらいか…

九燈はデッキブラシを掴むと急いで入り口に引き返し、蹴破った戸の敷居にブラシを掛けて固定し、柄の中心部分を思いっきり踏み付けた。

 

バキッという音と共にデッキブラシは〖くの字〗に折れ曲がった。それを拾い上げ両手で真っ二つに割いて分離させた。折れた柄の先は充分に尖っている。

ちょうどそのタイミングで亀吉とPochiが合流した。

 

「コレ……無いよりはマシでしょ。傷は大丈夫!?」

『大丈夫だ!急いで社の裏の空き地に向かおう!』

 

Pochiは口から青白い炎を九燈が持つ棒きれに吹きかけた。

「ばっ、、、コラぁッPochi!燃やすなて!って……あれ?熱くない!?」

『ぽち様が九燈様の得物にチカラを与えてくださった。試しに私を打ってご覧なさい。』

 

九燈は亀吉が構えた鞘をめがけて棒を軽めに振った。棒は鞘とぶつかり、鈍い音と共に九燈の右手に振動と衝撃が伝わった。

「えぇぇっ!すげぇ!物理攻撃に補正がかかった!?Pochi君!マジヤベー。」

『よし!いざ、急ごう。』

「Pochi、暗くして。」

一行は身をかがめ闇に紛れながら御社へ近付き裏手の物陰から広場の様子を伺った。

広場には亀吉の仲間であろう5人の守衛達が横一列に膝まづき敵に囲まれている。

 

甲冑姿の武士、農機具を振り回す農民、国防色の軍人、血に染った服の女、首や四肢が欠損しているモノ、頭部だけ浮いているモノ、原型が分からない異形なモノ………

 

ざっと見ても敵の霊体の数は50を軽く超えているだろう。

更に奥の茂みからワラワラと集まってきている。

 

「無理っぽくね?数が多すぎる。作戦はありますか?」

『正面で私とぽち様でヤツらを引き付ける。九燈様はここから迂回して奥の茂みから飛び出し、亡者共の流れに乗って仲間達に近付き拘束を解いてくれ。』

『その後は御社まで退避し再武装と傷の手当てをしながら反撃の機会を伺う。』

 

「さすがにヤツらも神聖な御社の中には入って来れないか。」

『その通りだ。亡者共の統制も全くとれていないので。勝算はある。』

「わかった。じゃあ僕は右側の木陰から行く。60数えた後、飛び出してくれ。」

『了解だ。目は見えるか?』

「暗いのにはもう慣れた。ヤツらも青白く微妙に光ってるし!」

「Pochi!僕のカバンの中にさっきの青い炎をぶっかけて!何か使える物があるかもしれない。」

 

九燈はカバンの青い炎が消えるとPochiと亀吉を残し木陰沿いに身を隠しながら移動を開始した。

 

囚われている守衛達の前に軍人の悪霊が現れ、軍刀を引き抜いている光景がみえた。

「ヤバイ…!。39、40、41………。」

 

 

50を数える頃、九燈は位置に着いた。

 

御社の方から亀吉の雄叫びがあがり、明るく発光したPochiがオレンジ色の炎を吐きながら亡者の群れに突っ込むのがみえた。

 

亡者共は彼らをめがけて奇声を上げながら一斉に走り出す。

九燈も囚われた守衛達に向かって全速力で突っ込む。

亀吉とPochiの陽動へ気を取られている亡者達は、追い越しても、並走してもほとんど九燈の存在に気付いていない。

「コイツら知能が低い!イける!。」

ほぼ邪魔が入る事無くあっという間に守衛達に近付けた。

 

騒ぎの中、構わず軍刀で守衛達の首を切り落とそうとしている軍人の霊の背後から思いっきり棒を振り下ろした。

〘ぎぃや~~ッ!!〙

軍人の身体は九燈の一撃により上半身が斜めに切断され地面に転がり青い炎に包まれながらジタバタともがいている。

 

「切れちゃった!?エクスカリバー!?いや、エクスカリ棒!!!」

捕らわれていた守衛達は一斉に立ち上がり九燈の元へ飛び跳ねながら集まってくる。

九燈はエクスカリ棒で守衛達の手足の拘束を全て解いた。

『恩に着る!』

「話しは後!!!一旦、御社の中に退避しましょう!」

さすがにこの頃になると、九燈らに気付く亡者共も増え、四方八方から襲ってくる。

 

エクスカリ棒は強力だったが、1人ではさすがにこの数を捌く事は苦しい。

助けた守衛らも素手や亡者から奪ったボロボロの武器で何とか対抗しているが、怪我人を庇いながらの防衛戦は…じわりじわりと劣勢に転じていく。

「クソッ…ヤバいな。………こうなったら。」

九燈は両足を踏ん張りチカラを溜め、エクスカリ棒を空へ突き出しながら叫んだ。

 

「ATフィールド、全・開ぢゃあああッ!!。」

 

九燈は〖あっち行けオーラ〗を力いっぱい放出した。

襲い来る亡者共が一瞬で吹き飛び周りが一気に開けた。

『九燈様!!!お見事です!』

開けた先に居た亀吉とPochiが素早く九燈らに合流し、仲間達を護衛しながら御社へ向け後退していく。

後方を守護するPochiの活躍は絶大で、前足の一撃や体当たりで亡者数体を吹き飛ばし、火のブレスは敵を大量に薙ぎ払った。

『もう少しだ!!!踏ん張れ!』

亀吉は全員を鼓舞しながら退路を切り開く。

 

エクスカリ棒が届かない離れた亡者に対し、九燈はカバンから小銭入れを取り出すと、10円玉を掴み亡者にめがけて思いっきり投げた。

投じた10円玉は亡者を貫通しながら複数命中し一気に3体倒した。

 

「コスパが悪いがこれも効くな!。」

 

御社まで何とか後退できた。助け出した守衛達は入口をすり抜けて次々に中へ飛び込んだ。

 

『九燈様すまぬ。御社には錠前が掛かっている!鍵は物置きの入り口の柱に………。』

「持ってる!合わせてみるから援護を頼む!」

 

『わかった!行け!』

 

九燈は亀吉とPochiに背後を任せ御社の入り口の引き戸へダッシュした。

戸をLEDライトで照らし錆びた南京錠を見つけると、ライトを口で咥え、物置きで入手しておいた鍵束をカバンから取り出し、南京錠に合いそうな形のカギを選んで鍵穴に突っ込んだ。

 

運良く一発で鍵は合ったがピンが錆び付いて固着しているようだ。鍵を回してもハズレない。

 

「落ち着け~、、、何かないか~。」

カバンを開き中をライトで照らす。

 

「これだ!。」

九燈はホテルコスメのボディオイルの袋を取り出すと、封を切り南京錠の可動部全てにオイルを垂らし注油した。

「早く、速く、はやく!………。」

ガチャガチャしながらオイルを繰り返し注油し浸透させていく。少しずつオイルが赤錆色に変化していき…ついに錠のピンがカチッと上がった。

「キタキタキターッ!」

鍵を外し引き戸を開け、後ろへ振り向き叫んだ。

「Pochi!亀吉!開いたぞ!来い!!!。」

亀吉とPochiは戦いを止め、御社へ向き走り出した。

『九燈様!先に中に入って戸を締めて内鍵を!』

九燈は亀吉に言われた通り御社の中に入り鍵を掛けた。そのすぐ後に亀吉とPochiが戸をすり抜け中へ飛び込んできた。

間髪入れず亡者達も入り口へ突進してきたが、結界の力により御社の中へ入ってくることはできない。

激しい音を立てて入り口に衝突し、ガラス部分にヤツらの潰れた顔や血だらけの手がベタベタと張り付いた。

 

御社を外から激しく叩く音も内部へ響いてきている。

 

『何とか全員無事に退避できた。九燈様、ぽち様感謝いたす。』

亀吉はドス黒い血でべっとりと染まった太刀を紙で拭きながら九燈達に感謝の言葉を述べた。

 

「みんな無事で良かった。Pochi!すまないが負傷者の傷を頼む。それが済んだら武甕槌神様にこの惨事を伝えて助けを呼んでくれ。」

九燈はPochiの顔や首元をわしゃわしゃと撫でながら指示を出した。

Pochiは気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らした後、九燈の顔をひと舐めして守衛達の方へ場所を移した。

 

「ヤバい、チカラを使い過ぎた…ここはどのくらいもつ?」

『大丈夫だ。力の弱いヤツらにはこの結界は簡単には破れん。だが……。』

「だが?」

『九燈様がお持ちの御札を用いて結界を強化し、鬼門を完全に封じなければ大きな災いが起きてしまう。』

「その為には……もっかい外に出る必要があると。」

『……そうだ。魔のチカラが最高潮に強まる午前2過ぎまでにやる必要がある。』

「でも…この人数でやれるの?僕はチカラを使い切って正直ヘトヘトだよ。」

Pochiが守衛達を癒す様子を見ながら九燈は疲れた様子で言った。

 

『鬼門は絶対開らかせてはダメだ。開いてしまえば…必ず天災が起こる。大勢の人が死ぬだろう。今いる者達でできる限りの妨害を行うか、願わくば騒ぎを沈めねばならない。』

 

「そりゃ………大変だな。」

「つか、なんでこんな事になったのか?」

 

『詳しくはわからん。…おそらく何者かが魔界側から鬼門を開こうとしているのか……。結界を超えて漏れだした邪気に周囲の悪霊共が引き寄せられて集まってきている。』

『丑三つの刻が最も魔のチカラが強くなる故、今から2時までの間は悪霊の数も増えていくだろう。その時刻までに九燈様の持つ御札で結界を強化すれば事態は終息に向かうはずだ。』

 

九燈は腕時計の時間をみた。

「12時過ぎ…猶予は1時間半。最悪2時間か。…………喉がカラカラだ。水は無い?」

 

『電気と水道は停まっている。裏に井戸があるが…』

 

「簡単に井戸まで行ける状態じゃないよな。…………あっそうだ。」

 

九燈はカバンからマックの袋を取り出しゴミの中からジュースの紙容器を取り出し蓋を開けた。

「あったあった。ヤツが飲み食いした残骸。こぼれてなくて良かった。寒いからあんま溶けてない。」

 

中の薄いコーラ味の氷を口に放り込みガリガリ噛み砕いて喉を潤す。

「うぉッ!何故かチカラがみなぎってくるぞ?植物か!。」

『ぽち様の火の力と懐の御札の影響でしょう。』

 

「Pochi………。やはり君は一家に1匹欲しい。」

九燈は座り込んで靴を脱いだ。煙草に火を点け亡者の顔や手がベタベタ張り付く入り口をぼんやり眺めている。

「少し休んどくわ。ジタバタしても…なるようにしかならないだろ。準備できたら教えて。」

 

亀吉は太刀を鞘に納め、御社の奥へ消えた。回復を終えた守衛達も順に奥へと姿を消した。

 

守衛達を癒し終えたPochiが九燈の隣に戻り緑色の炎を九燈に優しく吹きかけると…みるみる疲労と空腹、喉の乾きが取れていく。

「Pochi…ありがとな。後は僕たちでやれるだけやっとく。できるだけ早く戦の神様を引きずってでも連れてきてくれ。」

Pochiは九燈の懐にゴロゴロと喉を鳴らしながら大きな顔を埋めて擦り寄った。

わしゃわしゃと愛撫した後、立ち上がりPochiの背中を叩いた。

「Pochi!行け!」

Pochiは宙を見上げライオンの様に猛々しく吠えると、頭を低く身構え力強く外へ飛び出して行った。

ガラス戸に張り付いていた入り口付近の亡者共はPochiの突進で全て吹き飛ばされ見えなくなったが、またすぐにガラス戸は亡者達で埋め尽くされた。

 

『九燈様!準備が整いました。』

「ほぇ?なにその格好。」

亀吉他、守衛達は迷彩柄の戦闘服を身にまといミリタリー化していた。

「特殊部隊かよ!?一気に勝てそうな気がしてきた。」

 

『1000年も2000年も古代のままの武具を使うなど…愚か者の考えですよ。ですが…弾薬には制限がある故…最後は太刀や薙刀に頼る事になる。』

 

「最初から使えばここまでならなかったんじゃ…。」

『この装備は非常事態用で、敵に銃火器や弓矢を持った者がいる時にのみ使用が許されている。今回の亡者共はあらゆる年代の悪霊が入り乱れていて、先程私が腹に受けた傷はライフルを持った帝国軍人の霊によるものだ。』

 

「………さいですか。こりゃ失敬。僕の飛び道具は…銭形平次式投げ銭です。」

『九燈様の武器はぽち様のチカラが宿っているので私達のより威力は高い。それに、人の肉体を傷つけるほど強いチカラを持った霊は今の所……いないだろう。』

 

「………………気持ちの問題なのね。確かにあれだけ囲まれて戦ったわりには、、、僕だけ無傷だわ。」

『しかし、精神や魂には影響を及ぼすので攻撃を受け続けると終いには昏倒するだろうから用心してくれ。』

 

「…………気をつけます。」

 

『これからの作戦だが…私共が九燈様を囲んで護衛しながら鬼門を目指す。できるだけ側を離れず、陣形を保つ様心掛けてください。各々の呼び名は…私は寅吉なのでタイガー。』

守衛達は手短にそれぞれ自分の呼び名を九燈に伝えた。

「ラット、ドラゴン、スネーク、モンキー、サトシね。………………………なんでサトシ?」

〘サトシが好きだからです!〙

「フフッ。わざわざみんな干支で縛ってるのに。」

〘すぐ覚えられたでしょ?〙

「………確かに。サトシで頭いっぱいや。」

 

『それでは…行きましょう。』

一行は入り口付近の亡者達を御社の中から一掃し外へ飛び出した。

『遠くの雑魚には構うな!近付いてくるモノと銃、弓を持つモノを優先して叩け!』

 

銃の威力は絶大だった。敵をほぼ寄せ付けることなくスムーズに前進し広場まで来た。

 

「…………なんだあれは。」

広場を過ぎたあたり、木々の影の奥に赤い裂け目のようなものが宙に向かって縦に伸び妖しく光を放っている。

『あれが鬼門です。完全に開いてしまう前に………急ぎましょう。』

 

前進速度を速め広場の中央付近まで達する頃、突然辺り一面が禍々しい雰囲気に満ち、甲高い女の笑い声が聴こえてきた。

 

〘きゃーハハハハハハハハハハ。〙

 

「なんだ!?気持ち悪い。……吐き気がする。」

『気を確かに!鬼門より魔が来た。』

 

〘うっふん…アハハハハハハハ………ふぅ~ん♡〙

 

九燈はたまらず片膝をついた。

身体がずしんと重くなり、まともに立っていられない。

九燈だけでは無く周りの守衛達や亡者達も声の影響で動きが鈍っているようだ。

 

『クッ………。2時方向!上だ!狙えッ!』

寅吉の激で全員が向けた銃口の先には…大きな女の口が浮かんでいた。

深紅の唇に真っ白な歯。官能的な舌が口から垂れるヨダレをジュルリと掬う。

「アンミカ!!!」

女の口は亡者の群れに突っ込むと数体を一度に咥え見境なく喰らい始めた。

 

くちゃくちゃとだらしない咀嚼音と、喰われた者の悲鳴や断末魔の叫び、肉が血切れ血液が噴き出す音、骨が砕ける音………あらゆる不快な音が広場を支配している。

 

『状況がかなりまずい………。ヤツの一番の好物は人間のニク。…………九燈様だ。』

「………ですよねー。よくある展開。」

 

『派手に発砲すればヤツに気付かれる。九燈様を単独で離せば見つかった時に護れない。』

「このままヤツが亡者達を漁っている間に前進した方が無難か。早く鬼門を閉じないとあんなのが沢山出てくるんでしょ?」

 

『そうです。……ヤツと距離を取りながら前進しよう。あれはまだ序の口だ。鬼門の隙間から這い出た下等な魔物。隙間が広がればアレより凶悪な輩がわんさか押し寄せてくる。』

『見つかるまでは発砲は禁止。前進を妨害するヤツだけ近接武器で倒せ。全員気を抜くな。声に意識を持っていかれるぞ。』

 

一行は目立たないよう亡者の群れに紛れながらゆっくりと鬼門までの距離を詰めていく。女の口の甲高い笑い声や甘い声が起こる度に全員の歩調は鈍った。

 

暴食の勢いは止まらず、逃亡する亡者も増えた事で身を隠す手段は失われつつあった。

 

〘はぁ~ん♡ぎぃやーハハハハハハハハーん?〙

 

ついに女の口が九燈らの正面に立ちはだかった。鉄錆や卵や魚やらが腐ったような強烈な腐臭の生暖かい息が九燈の髪を揺らす。

『見つかった!弾幕準備!』

「ヤッバ。」

 

〘あーーーん♡〙

女の口が九燈らをめがけて突っ込んできた。

 

『迎撃ぃ!!!』

うなる銃撃音。女の口から血しぶきが飛び散る。

〘い”ぃ”ぃ”い~んぐぅ~ぴぴぴぴぃ~ん♡。〙

口は無数の弾を浴びながらも構わず突っ込んでくる。

『クッ………散開!!!』

凄まじい衝突音と土埃があがった。

 

「みんな、大丈夫か!」

『次が来るぞ!固まれ!』

口は血を滴らせジャリジャリと土を噛みながらゆっくりと浮かび上がると、大きく息を吸い込んだ。

〘ぎぃやあああああああああア゙ア゙ア゙アァア゙!!!!〙

空気が、地面が激しく振動している。

周りの亡者達が次々に破裂していく。九燈や守衛達もたまらず両手で耳を塞ぐが、意識が少しずつかすれていく。

 

全員が硬直したまま動けない隙に、口は唾液まみれの舌をだらんと出し、九燈に狙いを定め急激に伸ばしてきた。

『九燈さん危ない!』

九燈は真横から勢いよく体当たりされゴロゴロと跳ね飛ばされた。

九燈を間一髪救ったのはサトシだった。だがサトシの身体にはヤツの舌が巻きついている。

「サトシ!…この野郎ぉ!」

九燈はすかさず起き上がりサトシの元へ全速で走り、巻きつく舌にエクスカリ棒で切り込んだが、棒は惜しくも空を切りサトシは舌と一緒に女の口の中に消えた。

「………ッ。サトシィーッ!!」

九燈はその場にヘタり込んだ。

上空からゆっくりと女の口が近付いてくる。口角が妖しく上がり機嫌が良さそうだ。

 

〘ふんふん~むふん♡〙

 

うつむき膝まづく九燈のすぐ傍で女の口はニタリと白い歯をみせた。

ドン!

ドンドンドン!

重い銃撃音が響いた。

ニヤけた女の口が九燈の傍から吹き飛ぶ。

『九燈様!まだだ!諦めるな!』

ショットガンを手にした亀吉が九燈の前に立ち、口を攻撃する。他の仲間も次々に九燈を囲み、戦いながら絶えず声を掛け続ける。

 

「…………もういい。ひとまず銃を置いてくれ。」

 

『気を確かに!あんなヤツに負けてはダメだ!』

「いいから……。もうやめてくれ。」

亀吉はリロードの間に九燈の表情を確認した。九燈は鋭い眼光で亀吉を睨み返す。右手でしっかりとエクスカリ棒を握っている。

 

『…………わかった。……………そうだな。全員銃を置け!』

亀吉はショットガンを前へ放り投げると片膝をつき、右手を後ろに回し抜いた短刀を背中で隠した。

 

『九燈………。合図は頼んだぞ。』

「ああ。」

他の守衛達も寅吉の行動を察知し銃を置いた。

女の口は長い舌で唇を舐め回しながら血をぬぐうと、左右に揺れながら機嫌良く優雅に近寄ってきた。

 

寅吉のすぐ前で止まり、ニヤリと白い歯を晒す。ゆっくりと口角をあげる際の唾液が弾ける音がぴちゃぴちゃと聞こえる。

九燈はゆっくり顔を上げ、敵の歯の隙間の奥にある眼差しと目を合わせた。

 

『うぉオオオオ~ッ!!!』

口の中から凄まじい銃声と歯の隙間から激しい閃光が漏れてきた。

 

〘げぎゃがががががごごご…ぶばぁっ!〙

口の中からおびただしい量の血液とサトシが勢いよく排出された。

「今だ!!!」

全員が一斉に女の口に飛びかかった。

寅吉は素早く舌を抱えると脇差しで地面と一緒に串刺しにした。モンキーとスネークも寅吉同様、太刀で舌を地面に張り付けた。

ドラゴンとラットは舌を伸ばしながら後退する女の口の下唇を薙刀で突き刺し全体重を掛け地面に薙刀ごと貫通させた。

 

〘がえぇぎゃあ”あ”あ”あ”あ”あ”~!〙

至近距離で敵の絶叫を受けながら九燈は固定された舌にエクスカリ棒を突き刺すと、そのまま舌の上を走り上顎めがけて切り上げた。

切り口から青白い炎が勢いよく吹き出し女の口をみるみる包んでいく。

業火に焼かれる女の口は切断面から半分に分かれ炭化した。

 

「……………うるせぇ女だったな。」

九燈は耳栓を外しポケットに突っ込んだ。

 

 

「ナイスアシスト。サトシ。」

九燈はカバンを拾い、座り込むサトシの元へ駆け寄ると肩を貸し立ち上がらせた。

〖ヘヘッ(笑)あの時九燈さんが〖舌の裏〗って言ってくれなければ喰われてましたよ。〗

 

寅吉が全員を引き連れふたりに合流した。

『サトシ、無事か!』

『大丈夫です。まだやれます!』

『スマン。………よく戻った。』

『ヤツにさらわれる際、九燈様が舌の裏に逃げこむよう知恵を授けてくれたんです。…それでなんとか噛み砕かれずに済んだ。』

「通じて本当に良かった。つか、みんな血まみれじゃないか(笑)。」

「ホレッ。」

九燈はカバンから〖おしりふき〗を取り出し全員に配った。

「ガキどものお出かけ用に常に持ち歩いてるのさ。Pochiのチカラも付いてるはず。」

 

『九燈さん!これ、傷も癒えるぞ!?』

サトシは傷におしりふきを当て自分の足でしっかり立てるまでに回復した。

「よかったね。僕はただスッキリしただけや。だったら残りは寅吉さんが持っていてくれ。」

『かたじけない。さて…あまりゆっくりはしていられないぞ。』

寅吉が顔を向けた先を見ると…鬼門の赤い光が先程より確実に広がり強くなっていた。

同時に、腹が異常に膨れ子供くらいの背丈の何かがワラワラと近付いて来ている。

 

『餓鬼だ。』

「ガキ!?ヤバくね?」

『種類は沢山いるが総じて弱い。大丈夫。とにかく急ごう。』

「00時50分。距離的にあと………400mくらいか。」

 

『我々もこれより先はいつ殺られるかわからないので先に説明しておく。…この広場を抜けて林の禁足地の中、鬼門のすぐ手前に祠がある。祠に祀られている岩にその御札を接触させると封魔の結界が強化される仕組みだ。』

 

「わかった。猶予は……残り1時間。とりあえず最後まで残った者は仲間より結界の強化が最優先だね。」

 

全員が顔を見合せ頷いた。

 

餓鬼は九燈らを見つけると、奇声をあげ包丁を振り回しながら向かってきた。

全員武器を構え餓鬼の群れめがけて突っ込む。

『首から上を狙え!クビが細いから打撃でも十分倒せるぞ!近距離での銃はできるだけ控えろ!腹に溜まったガスに引火すれば誘爆する事がある!』

「了解だ!」

餓鬼は九燈でも拳や蹴りで倒すことができた。という事は、餓鬼達も九燈の肉体を傷付ける事ができるという事である。悪霊よりも手強く感じた。

守衛達はかなり強い。次々と襲い来る敵を息も切らさず絶え間なく迎撃しながら全く足を止めない。

『九燈様、あなたは体力を温存なされよ。あまり動き過ぎると最後までもたぬぞ。』

大勢の敵が襲い来る中、亀吉は九燈や仲間達の事も含め全ての状況を把握しているらく、指示も的確だった。

 

「アンタ達には…スタミナの概念は無いのか。」

『肉体を持たぬ故、息すら切れません。敵は我らに任せて中央でご自身と御札をお守りください。』

 

「すまない。それじゃ、、少し息を整えさせてもらう。」

『我々も九燈様に散々助けられたではないか。気にするな!』

広場を無事に通過し木々がうっすらと立ち並ぶ林の中に入った。

『禁足地までもうすぐだ。木の上からの攻撃にも注意しろ。』

モンキーとサトシが木の枝にいる餓鬼を素早く銃で打ち落としていく。銃弾を受けた数匹は腹のガスに引火し爆発した。

 

「マジか…おっかねぇな。」

しばらく進むと行く手を阻むかのように木々の間を二重に結ばれたロープが見えた。

餓鬼達はほぼ一掃できたのか…かなり数が減ったようだ。

ロープに垂れ下がる古い板には〖これより先私有地につき立ち入り禁止〗と、かすれて消えそうな…ギリギリ読める内容の事が書いてある。

 

『九燈様、縄の先からは禁足地だ。林を抜けると鬼門はすぐそばにある。』

 

「いよいよか。鬼が出るか蛇が出るか……。」

『周りを警戒しながら各自装備と残弾数を確認してくれ。九燈様は小休止されよ。』

 

九燈は木にもたれタバコに火をつけた。

「餓鬼ども、ほとんどいなくなったね。全部倒しちゃった?」

 

『………ならいいのだが。』

九燈の問いに答える寅吉の表情はあまり良くない。

「……………あぁね。恐いヤツが来たから逃げちゃった感じ?」

『弱肉強食の世界だから、おそらくその線が強いだろう。』

「…………………。」

 

『まぁ…とにかく、封魔の結界が無事に完成すれば鬼門もチカラを失い一切合切の魔は一瞬で消滅する……。最善を尽くすしかあるまい。』

 

「わかった。もうひと踏ん張り頑張ろう。フン!!!」

〘ペぎょ!〙

九燈はすぐ足元の地面から這い出た餓鬼の頭を蹴り飛ばすと吸殻をケースに納めた。餓鬼の頭は綺麗に宙を舞い草むらに消えた。

準備を終えた守衛達が九燈のサッカーボールキックに称賛の声をあげ拍手している。

九燈は姿勢を正し手を胸に当てお辞儀してみせた。

 

『よし。全員準備できたな。行くぞ。』

禁足地の林の中は今までが嘘だったかのように静かだった。餓鬼の襲撃を2~3回うけたが鬼門に近付くに連れ一行を阻むものは湿って滑りやすい斜面と道のない落ち葉の積もった悪路だけになっていた。

 

鬼門の赤い光が周囲をにわかに赤く染めている。

『間も無く林を抜ける。姿勢を低く音を立てるな。』

全員身を屈め木立ちの影に紛れながら進んで行くと遂に鬼門のある開けた場所に辿り着いた。

 

「ふぅ~。やっと着いたな。」

『これより先は魔の力が強くて昔から木々が育ちにくい場所だ。身を隠すモノがほぼ無いから気をつけろ。』

九燈は恐る恐る木の影から鬼門の方を覗いてみる。

150mくらい先だろうか…地面から空へ赤い柱が5階建てのビルくらいの高さまで伸びている。それ以外は周りに動くものは何も無い。

 

『鬼門の前に四角い影が見えるか?』

 

「んん~?………逆光で、、、ああ!あるある。」

『あれが祠だ。』

「鬼門の真ん前じゃん。」

『祠は鬼門を囲むように5箇所あるが、1番近い要の部分のあの場所で御札を使わなければならん。』

「走れば20秒~30秒くらいかな……。一気にカタをつけよう。」

『そうだな。何もいない今が好機だろう。』

 

『私とスネークが先導する。後の者は左右後方を厳重に警戒しろ。何人も九燈様に触れさせるな!』

 

九燈を中心に全員が木陰から飛び出した。

足場がぬかるみ走り辛いが構わず全速で鬼門に向かう。

鬼門がみるみる近付き赤い光が眩しい。何も邪魔は入らない。

 

「もう少し!もう少し!もう少し。もう少し?もう……。」

 

 

いつの間にか走っても走っても鬼門に近づけなくなっている。

『まずい気付かれた!止まれ!』

虎吉の合図で全員その場で臨戦態勢をとった。

 

「これって………妖?」

『そうだ。全員その場で索敵しろ!九燈様、時間は?』

「01時42分。」

『みんな聞いたか!敵を全力で叩いて妖を解く。九燈様は妖が解けたら即、祠へ向かってくれ!』

〘前方に敵!1体!〙

スネークが銃を向けながら全員に知らせた。

銃口を向けた先には、人の形をした真っ黒なモノがこちらを向いて立っている。手足は異様に長く、更に爪が恐ろしく長い。頭部に血走った眼球が1つ。黒目がギョロギョロと上下左右に揺れている。

 

『あれは………鬼が来たぞ。撃てぇ!!』

凄まじい集中砲火が始まり鬼はズルズルと後退りしていく。

 

「よし!効いてる!」

『これくらいヤツは屁でもない!じきに弾が切れる。それまでにどうにか弱らせ頭を破壊するか首を落とすか心臓を突かなければ。』

「ならば…隙をついて僕が切り込むか!」

『危険すぎる!ヤツらからすれば人なんてただの食い物に過ぎない。弱るまで決してヤツに近付くな!』

 

〔グオォォォォォッ!!!〕

 

鬼は銃弾の雨の中、突然雄叫びをあげると片手を大きく振りかぶり長い爪で地面をえぐりながら土砂を飛ばしてきた。

強烈な土埃と石のツブテが九燈達に迫る。

『かわせ!!!』

咄嗟に全員がその場から飛び退き間一髪直撃は免れた。

 

「……クッ…。片腕振っただけでこの威力かよ。」

ゴロゴロと転げた後、フラつきながら起き上がり態勢を立て直す九燈の前に寅吉とサトシが素早く護衛に立った。

〘九燈さん大丈夫!?怪我は?〙

「大丈夫だ!」

『全員近くの者と二人一組で行動しろ!ヤツの正面は避けて的を絞らせるな!九燈様はワシとサトシで護る!』

 

守衛達はペアになると、素早く鬼の側面と背後を取った。

『敵の死角から豆も放って攻撃しろ!』

「マメーッ!?そんなんが効くのかよ!」

〘対鬼戦では銃よりも豆のほうが有効なんだよ。〙

驚く九燈の前でサトシが豆入の巾着袋を防弾ベストのポケットから取り出し振ってみせた。

〘銃より近付かないとダメだけど威力は断然上!〙

「ふざけてないよな…。」

『九燈様!鬼の正面は避ける。我らの背後で機会を伺え!』

「了解だ。」

寅吉はショットガンに持ち替えサトシは豆を握って距離を詰めていく。

鬼は反撃しようと行動するが守衛達の見事な位置取りと死角からの連携攻撃で為す術なくその場で攻撃を受け続けている。

 

豆による攻撃は凄まじく、超至近距離でのショットガンの一撃くらいだろうか。一粒当たれば2mを超える鬼の大きな漆黒の身体が仰け反る程だ。

「このままフルボッコできそう!」

『油断するな!正面を避け続けよ!』

 

〔ぐごおおおぉぉぉぉっ!!!〕

 

鬼は突然耳をつんざく様な怒号をあげ拳をドカンと地面に叩きつけた。

九燈は自分の足元の地面が盛り上がる不可解な感触を感じ慌てて真横に飛ぶ。

間髪入れず地面から触手の様なモノが勢いよく宙に向かって伸びた。

触手はなおもゴロゴロと態勢を崩す九燈を鞭のように容赦なく襲う。

 

2~3度ギリギリで回避できたが不安定な地面に足を取られ尻もちをついてしまった。背後から生えた触手が九燈の身体に巻き付いた。

「しまっ………た!クソッ、、。」

触手にこれ以上巻き付かれまいと藻掻く九燈だが、触手はどんどん枝分かれし、更に複雑に巻きついてくる。

 

『ぬりゃ~!!!』

亀吉の声が聴こえた。サトシと共に九燈へ伸びる触手を太刀で叩き切った。

〘大丈夫ッスか!〙

九燈に巻きついた触手をサトシが素手で乱雑に引きちぎる。

「サトシ!……大丈夫だ。」

サトシに拘束を解かれ難を逃れた九燈はエクスカリ棒を拾うと足元に散らばっている触手を突ついてみた。

触手は植物の蔓が束なったモノで、ちぎって破壊してしまえば制御を失い脅威は無さそうだ。

 

「草をこんな風に操れるのか…ヤバいな。」

〘九燈様を助ける事はできたが…モンキーとドラゴンが捕まった!〙

厳しい表情のサトシに言われ、鬼の方をみると寅吉とスネーク、ラットが懸命に戦闘を続けている。その近くに蔓が幾重にも束なった植物の柱が2本立っている。

「……ふたりはあれの中に!?」

〘そうです。ああなると私達の装備では刃がたちません。チェンソーでもあれば………。今は鬼を倒すしか助け出す方法は無いでしょう。〙

 

「すまん!足を引っ張ってばかりで。」

〘大丈夫!アナタさえ無事ならば。今コチラにヤツの注意がいかぬよう敵を離しながら戦ってます。九燈様はワタシと一緒に距離を取りながら勝機を伺いましょう。〙

九燈は時間を確かめた。01時49分。

「もうあまり時間が無い。ゴリ押し気味にいかないと…。サトシ!僕はいいから加勢に行ってくれ。1人でも多い方が早くカタが着くだろ?」

 

鬼の方を見ると…人数的には有利な状態で戦っているようだが、鬼のチカラは凄まじくかなり苦戦を強いられているようだ。

〘アナタは兵士では無い。危険な戦闘には参加せずご自身と御札の安全を優先してくださいね。〙

 

サトシは少し考えた後、九燈に場に留まるよう釘を刺すと仲間の元へ掛けて行った。

九燈はサトシの去りゆく姿を見届けながらカバンの中を探り作戦を練る。

 

一方、寅吉らはいくら攻撃しても弱る素振りを全く見せない鬼との戦闘に焦りを感じていた。

『クソッ。3人じゃ火力が足らんか。』

焦る寅吉に鬼の長い鉤爪が襲いかかる。

 

ドンドンドン!

 

突然参戦してきたサトシの放った豆が寅吉を襲う鉤爪に命中し、腕ごと大きく跳ね上げ鬼の体勢を崩す。

すかさずラットが飛び込み薙刀で跳ね上がった鬼の腕を切り落とした。

『サトシ!!』

〘タイガー!好機だ!畳み掛けろ!〙

全員が鬼へ切り込む。

 

〔グギギギッ!キィーサーマーラァ~ッ!!!〕

鬼は残った片腕で地面を力任せにドカンと殴り、激しく吹き出す蔓で身体を隠した。蔓はそのまま幾重にも絡まり柱状になっていく。

守衛達は刃物を諦め銃で撃ちまくるが、幾重にも蔓が重なった硬い柱に弾弾がバサバサと吸収されるばかりで全く手応えがない。

 

『ダメだ!このまま中に籠られるとマズイ!ぐわぁっ!!』

亀吉の背後から襲ってきた蔓が彼の身体に巻きつきギチギチと締める。

更に後の地面から全身に蔓を纏った鬼がぬうっと姿を現した。

 

切り落としたはずの腕は既に再生しており、その腕から伸びた蔓が寅吉を拘束している。

サトシ、スネーク、ラットは寅吉を救出しようと試みるが鬼のもう片方の腕から伸びる鞭のような蔓が3人の接近を阻んでいる。

〘しまっ、、た!〙

ラットも蔓に捕まった。

鬼は寅吉とラットを拘束したまま鞭のように振り回しサトシとスネークを攻撃してくる。

 

〔ドウシタ…近ヨレヌカ?〕

鬼の容赦の無い攻撃にサトシとスネークは回避することに精一杯の状況。

 

遂にふたりも足元から生えた蔓に両足を絡め取られ動けなくなった。

〘クソッ!このままだと全滅か。〙

 

〔死ネ。〕

 

動けなくなったスネークとサトシに全身を蔓で巻かれた寅吉とラットが勢いよく直撃し吹き飛ばされた。

 

〔弱イ弱イ。サテ…ドイツカラ喰ッテヤルカ。〕

 

 

 

「待てコラ。草野郎。」

 

いつの間にか九燈が鬼の背後に立っていた。鬼は背後からの声に慌てて振り向く。振り向き際に鬼の顔面へ何かの液体が降り掛かった。

 

〔ぐおぉォォッ!何ダコレワァァァ!!〕

たまらず両腕の蔓を解き目玉を覆いながら激痛に悶えだした。

 

「アルコール除菌75%。手と靴の殺菌用だ。沁みるだろ?」

〔目ガァ!眼ガぁぁッ!オノレェッ人間メぇ!〕

視界を奪われた鬼は目を押さえながら片方の腕を乱暴に振り回す。九燈は鬼の長い爪を掻い潜り背後に回り込みエクスカリ棒で思いっきり鬼の膝を打った。

バサッ。

九燈の渾身一撃は鬼の纏う蔓が衝撃を吸収し本体まで全く届かない。

〔効ぃカヌワァァッ!!〕

鬼の脚が九燈の懐に飛んできた。身体が浮き、重い衝撃と骨がミシミシと軋む音が体内を駆け堪らずその場で両膝をついた。

「がハッ!!!やはり……草は実物か…げほっ。」

口の中は逆流してきた胃液と血が混ざった味がする。

鬼はうずくまる九燈を掴み上げ顔の近くに引き寄せた。

力無くぶら下がる九燈の腹に拳をくらわす。ジャケットが破れ、漏れたダウンの羽がヒラヒラと散らばった。

「ごぼぉっ!!」

〔サァ、人間ヨ、許シヲ乞ウガヨイ。ソウスレバ、我ヲヒト時デモ苦シメタ事ヲ称エ、痛ミヲ与エズ飲ミコンデヤロウ。〕

 

「フフッ……ッ。…まだ…半目じゃねえか……。あまり見えてないん………だろ?お前こそ…あまり強がらずウチに帰って…目を洗ってクソして寝ろ…。」

 

九燈は挑発的な笑みを返す。口元から血が垂れた。

 

〔人ノブンザイデ………良カロウ。全身ヲ喰イ千切リ激痛ト苦シミノ中後悔シナガラ死ヌガ良イ。〕

 

「死ぬのは……オマエだよ。」

九燈は両手を鬼の顔面に突き出した。

 

「汚物は消毒ぢゃあああッッッ!」

 

鬼の顔面が激しい火に包まれた。

 

〔グオオオォォォォォッ!!!〕

 

鬼は九燈を放り投げ地面でのたうち回る。火はみるみる全身に拡がっていく。

 

〘………み……ごとです。〙

 

身体を起こし激痛に耐えている九燈の近くで転がったままのサトシが声をかけた。

「ハァ…ハァ……。大丈夫か?サトシ……。」

〘すいません………九燈様。〙

 

「……ふぅ。ムリ、するな。休んでチカラを溜めておけ。」

 

〘でも………。〙

「まだ…起き上がれないだろ?僕も、、今のうちに呼吸を整える。ヤツは…今、サラテクト火炎放射で苦しんでる。ぶっかけたアルコールを、、時間を掛けて全身に染み込ませてあるから…もうしばらく燃えてくれるといいが……。」

九燈はゆっくり立ち上がると深呼吸しながら鬼の様子を伺う。

〘まだ…策は。〙

「草のアーマーを剥ぎ取れば、、エクスカリ棒が効くはず。タイムオーバーまで……なんとか抗ってみるよ。ゴホッ、ガハッ!」

 

「ッッ………。相手が脳筋野郎だと…実にやりやすい。へへッ(笑)」

九燈は袖で口元の血を拭いサトシに微笑してみせると、火達磨の鬼の方へ歩き出した。

 

〔ゴア”ァァァ~!熱ヅイア”ヅイッ!オノレェ!!〕

アルコールが飛び、火力が弱まってきた。熱さで転げ回っていた鬼は正気を取り戻し膝をつくと蔓の鎧を自分でブチブチと引きちぎっていく。

 

「どうだい。気分爽快だっただろ…火炎風呂の後は食事だな。フフッ。」

九燈は煙を立たせながら苦痛に耐える鬼を見下し更に挑発した。

 

〔グオォォォォォォッ!!!!〕

怒り心頭の鬼は吠えながら両腕を広げ九燈に飛びかかる。

九燈は臆する事無く、体勢を低く前に飛び込み鬼の股の間を潜り突進を躱すと、鬼の背をめがけて小銭を投げた。

鬼は背中に受けた小銭の強い衝撃に絶叫し、上手く着地できずにゴロゴロと地面を転がる。

 

〔オノレェェェエッ!コザカシイワァァ!!〕

「ヘイヘイ。鬼さんコチラ!」

さらなる挑発に激昂した鬼は四足の獣のように九燈目掛けて真っ直ぐ突進してきた。

 

九燈は息をゆっくりと吐きエクスカリ棒を中段に構え、鬼の突進を見極める。

 

「まだ、まだ、まだ!まだッ!……今ッ!!!」

身体を横に素早く回転させ闘牛士の様に鬼の突進をスレスレで躱し、すれ違い際に遠心力の効いたエクスカリ棒を鬼の胴体を目掛けて思いっ切り振るう。

〔グぎゃぁぁぁぁああああ!〕

 

「クッッ………。 浅いか!」

全身の痛みがタイミングと太刀筋を少し狂わせ九燈の渾身の一撃は鬼の急所を外し尻をかすめた。

切り口から青い炎が激しく吹き出す。

 

鬼は悲痛な声をあげながら斬られた尻を両手で押さえ地面をゴロゴロと転げ回る。

しかし、九燈の読み通り尻のキズは浅く、炎は一瞬で消えてしまい致命傷には至らなかった。

 

エクスカリ棒の脅威を悟った鬼は、燃やされた尻を押さえながら再び身体に蔓を巻き付かせた。

 

「クソ………。あの蔓に捕まったら…詰みだな。」

 

九燈はエクスカリ棒を足元に投げ捨てると両手を広げ更に大袈裟に鬼を挑発する。

「そうやってす~ぐ草で身を隠す。そんなに僕が怖いのか?図体だけ1丁前で肝の小さなヘタレ野郎だなぁ。そんなに怖いなら素手で相手してやるよ。かかって来なさい。ほれほれ!」

 

〔ググ、ギギギッッ……オマエ……コロス!〕

鬼は眼球を真っ赤に染め、拳を振り上げながら真っ直ぐ向かってきた。

鬼の腕がブンと風を切り蔓が巻き付く禍々しい形の拳が九燈を襲う。

全力で横に飛び拳をギリギリで避ける。

「ハッハァ!遅せぇし。単純。脳筋。」

鬼は怒り狂った様子で更に両腕を乱暴に振り回す。九燈は全身を激痛に襲われながらギリギリで直撃だけは避け続けている。

 

「うりゃあっ!」

隙を突いた九燈の拳が草まみれの鬼の腹に食い込む。

 

〔ンンン?何ダソレハ。〕

鬼はビクともしない。九燈は鬼に片手で胸ぐらを掴まれ身体が宙に浮いた。

 

「クッ苦しい。離せ草野郎!」

〔非力過ギテ片腹痛イワ。人間ハ我ラニ喰ワレル為ダケニ存在シテイレバ良イ。〕

 

目玉の下に穴が現れ大きく広がっていく。鋭い牙がびっしりと不規則な方向に伸び、太いミミズの様な舌が2本粘液を垂らしながらウネウネと口内で揺れている。

かなりおぞましい光景。

 

鬼は九燈をゆっくりと口に近付けていく。

 

「ヘヘッ。………好~機。」

九燈は左手を鬼の禍々しい口の奥に突っ込み、同時に右手で握ったペンを鬼の眼球に思いっきり突き立てた。

〔オゴッ!がぎぁぁぁぁぁぁああああ!!!〕

堪らず鬼は九燈を離し目と口を押さえながら悲鳴をあげる。

押さえる手の隙間から青い炎が溢れだした。

九燈は素早くエクスカリ棒を拾い、苦しむ鬼の懐へ全力で突進し、全体重をのせ鬼の胸に突き刺した。

「うぉオオオオオッ!!!死ぃねぇえええええッ!!!!」

エクスカリ棒は鬼の身体を貫通し青い炎と一緒に背中から突き出た。

九燈は棒を握りしめ、肩を鬼の身体に密着させながら更に全力で押す。

鬼の口から吹き出す真っ黒な血液を浴びながら押し続ける。

 

サトシと寅吉が九燈の両脇に突っ込んできた。

「〖〘押せぇえええええッッ!!!〙〗」

鬼は叫び散らしながら3人に押されどんどん後退していく。

「〖〘うぉおおおおおおおッ!!!〙〗」

鬼はエクスカリ棒ごと蔓の柱に張り付けになった。

「よし!みんなさがれ!」

3人は後ろに飛び退くと尻もちをついた。

座りながら鬼が断末魔の中、全身を青い炎に包まれ燃えゆく姿を見つめている。

 

「お前の最後の晩餐は僕じゃなくて鰯のおせんべいだったな。」

 

『鰯の煎餅?』

「ああ……。薄焼きイワシのおせんべ。市場で貰ったやつ。豆が効くならイワシも嫌いかなと思ってね。」

〘アハハハハ。さすがです。〙

 

『圧倒的に力の差がある中…おひとりで倒してしまわれた。敬服いたす。』

 

「……たまたまだよ。カラダ…全身痛てぇし。」

草の柱で燃え尽きた鬼の身体は炭になり地面に落ち崩れた。守衛達を拘束していた蔓も茶色く変色し枯れ果て拘束されていた者達は自力で拘束を逃れ続々と九燈達の元へ集結した。

 

「02時3分…目標時間は過ぎてしまったが…。」

『厳しい時間帯だが、もう祠まで来ている。全員、九燈様の前進を優先せよ!』

 

霧が晴れ、妖が解けていく。九燈は御札を取り出す為に内ポケットに手を突っ込んだ。

妖が完全に解けると、強い光を放つ鬼門が目の前にそびえていた。祠はもう目と鼻の先。岩を祀るしめ縄がバサバサと揺れている。

 

周りはどこもかしこも鬼やおぞましい化け物達で溢れていた。

『九燈様!すぐそこだ!間に合う!』

〘九燈さん!行こう!〙

 

しかし、九燈は手元を凝視したままその場を動かない。

化け物達は九燈達一行に気付くと不気味な声をあげながら一斉に向かってきている。

 

 

「御札……破れてる。…もうダメだ。」

『なにぃッ!?』

寅吉は振り返り九燈の手にある御札を確かめた。

御札はボロボロに裂け、もはや原型を留めていなかった。

 

『くっ…全員撤退!!九燈ぉッ!しっかりしろ!!!』

九燈は力無くうなだれ両膝をついた。

 

『サトシ!モンキー!九燈を立たせろ!引きずってでもついてこい!』

突進してくる化け物達は先程の鬼とは違い格段に強靭なモノばかりで銃撃にも豆にも全く怯む様子は無い。

『万事………休すか。』

 

 

「ウォオオオオオオッ!!!」

虎吉他守衛達が諦めかけた瞬間、強烈な爆風が押し寄せる化け物達を一気に吹き飛ばした。

 

『九燈………か?』

九燈は全身から青いオーラを放ちながらゆっくりと立ち上がり亀吉達に鋭く悲しげな視線を向けた。

 

 

「我が主を命を賭して守護した者達よ…感謝する。」

『貴方は…誰だ!?』

 

「………名など無い。主に死なれては困る。もうすぐソナタらの主も来るだろう。それまでしばらくの間、この場は我が預かろう。」

 

明らかに九燈の声では無い。雰囲気も全く違う。

『後ろ!』

巨大な三本角の鬼が大きな金棒を振り上げていた。

「ほわたァーッ!」

九燈は振り下ろされた巨大な金棒を後ろ回し蹴りで迎撃すると、高く飛び上がり鬼の顔面に蹴りを入れた。

ズドオオン!

強烈な蹴りを食らった鬼の巨体は周りの化け物を巻き込みながら勢いよくぶっ飛んでいった。

 

それからは…押し寄せる敵全てを九燈は表情ひとつ崩さず戦神の如き強さで全てを跳ね返した。

 

守衛達は絶対絶命の状況で全滅を覚悟した状態から訳も分からず事態が一気に好転した事で思考が追いつかず、暫くその場で九燈の戦いぶりを呆然と眺めていた。

 

暫くそのまま立ち尽くしていると、雲ひとつない空に稲光が発生し雷鳴が轟いた。同時にオレンジ色の激しい炎が周りの敵を薙ぎ払う。

『あれは………武甕槌様!?ぽち様!?』

 

「やっと来たな。……ここまでだ。」

九燈は寅吉の目の前に戻ると脱力し崩れ落ちた。寅吉が九燈の身体を受け留める。

 

上空の、雷光の中から武甕槌とPochiが姿を現した。

『全く……。魔界のモノ達よ、私の大事な友人と部下達を沢山可愛がってくれたようだね。』

 

武甕槌は亀吉達の前にふわりと降り立つと、再び襲い来る凶悪な敵の群れを睨み静かに刀を抜いた。

周囲の禍々しい雰囲気が一転し清く神聖な雰囲気に包まれ、押し寄せる敵の動きが鈍る。

 

『Pochi、みんなを癒してあげて。寅吉、九燈君にこの酒を飲ませてくれ。』

武甕槌は穏やかな口調で各々に指示を出した。

 

寅吉は武甕槌から酒入りの瓢箪を受け取ると九燈の口に瓢箪を突っ込み酒を流し込んだ。

『フフフ。荒いなぁ~(笑)。後で怒られても知らんぞ。』

気絶中の九燈の両手がピクピクと反応している。

 

『じゃあ、九燈君が起きるまでヤツらを少し懲らしめておこう。』

武甕槌は刀でぽんぽんと肩を打ちながら化け物達の方へ向かう。

 

『我は武甕槌神なり。我が雷に焼かれたくなければ即刻魔界へ戻れ。』

白刃を敵の群れに向け言葉を放った。

 

敵の群れは神の警告を受け入れる様子は全く無い。神をも喰らい尽くす勢いで地響きと共に押し寄せてくる。

 

武甕槌はゆっくりと切っ先を空に向けると、敵の群れ目掛けて振り下ろした。

 

一瞬の閃光の後、巨大な雷が轟音と共に群れの中心に突き刺さった。落雷と爆風の凄まじい衝撃で地面が大きく揺れ、魔界の者達は神の強大なチカラの前に一瞬で消滅した。

 

『あれっ…誰も残らなかったの?かなり手加減したのに………張合いが無いなぁ。』

武甕槌はその場で更に静かに息を吐きながら刀を構え気を溜めると、もの凄い速さで刀を横一文字に振り抜き青白い衝撃波を鬼門へ向けて放った。

 

鬼門は武甕槌の一振りによって粉々に破壊され、砕け散った赤い光の破片は夜空をキラキラと妖しく舞いながら散っていった。

 

『ひとまずこれでよし。』

 

ゆっくりと刀を納め寅吉の方へ戻り、九燈の様子を伺う。

『寅吉、九燈君から御札を預かっていないかい?』

〘すみません。戦いの最中に破れてしまいまして…使えなくなっております。〙

 

『そうか。』

「ぶわはっ!!」

九燈が酒を吹き出しながら意識を取り戻した。周りをみわたしながら事の整理をしているようだ。

〘九燈様!お気づきになられましたか!〙

「ぽぉちぃーッ!」

九燈は腹の傷を癒していたPochiに気付くと立派なタテガミに顔を埋めてわしゃわしゃと愛撫している。

 

寅吉は九燈の背を支えながら話しかける。

〘九燈様、鬼門は武甕槌神様がお鎮めになられた。ぽち様のお力添えもあり全員無事だ。〙

 

「そうか。御札が破れてるのに気付いた時は、終わったと思ったな。」

〘その後は覚えているのか?〙

「………いや。あの時はさすがに全滅すると思ってな。僕の中に居る居候にどうにかしろ!って話しかけてからは…まるっと記憶が無い。」

 

〘居候?〙

九燈の背後で静かに話を聞いていた武甕槌が穏やかに口を開いた。九燈は身体を起こし武甕槌のほうへ向きなおろうとチカラを入れた。

 

『おっと、そのままで良いよ。まだツラいだろ?ラクにしてて。』

武甕槌は九燈の横に来ると腰を落とす。

『やはり、、君の中に居る者が助けてくれたか。九燈君に頼んで正解だったな。ほんとにみんな良く無事でいてくれた。』

 

「え?御札破れちゃったけど。ミッションは失敗でしょーが。」

『ひとりも欠けることなく私の部下たちを全員守ってくれたじゃないか。』

〘そうだ。九燈様が力を貸してくださらなければ早々に全滅していたよ。〙

九燈はPochiの顔を撫でると、自力で立ち上がった。

 

「まぁ…役に立てたなら良かった。死にかけたけどね。疲れた………それではボチボチ帰りましょうか?」

 

『まだじゃ。御札を破いちゃったんだろ?』

「………はぁ。そうですが?」

 

『私が今から新しく御札をしたためるから、鬼門を塞いでおいてくれ。』

「なんで?」

武甕槌が親指を立てて鬼門の方を指した。

よく見ると、真っ暗な夜空に赤い裂け目が地面から伸びているのを薄らと確認できる。

「えぇぇっ!終わってないの?」

『結界で魔のチカラを封じないと何回でも出てくるのさ。』

 

「めんどくさ!………なら、、どうやって塞いどくの?」

『あれの下に行って手で押さえるだけだよ。扉を押さえるみたいにね。』

「アナタの部下ではダメなの?」

『ダメなの(笑)。鬼門を押さえるのは肉体を持つ九燈君が適任なのさ。肉体って強いんだよ~。九燈君ひとりで寅吉達の30人分くらいの力があるかもね~。私が押さえておいても良いが、御札書けないでしょ?』

「……………はい。やります。」

九燈は寅吉とサトシとPochiに護衛されながら祠を越え、鬼門の光の前に立った。

地面から空に伸びる赤い光は、近くで見ると結構な速さで拡がっている事がわかった。

『両側に手を当ててみてご覧。扉があるでしょ?』

武甕槌の指示通りに光の両側に手を張り出すと壁に手をつけたような感触がある。

「なんかある。」

『そう。それが鬼門ね。強く押してごらん。』

九燈は言われた通りに体重をかけて前に押すと赤い光は細くなり、やがて消えた。

『今閉まったね。要領わかった?』

「わかった。つかこれ、裏から押したらどうなるの?」

『裏から押してもそうなるよ。この世の理屈はあまり通じない。』

 

「さいですか。これ、、、何?アチラからスゲー押されてますが?」

『魔界から誰かが一生懸命その扉を開こうとしてるのさ。手が出るくらいスキマが開いたら、掴まれてアチラに引っ張られちゃうかもだから頑張って押さえてね~。』

 

「こわっ。………御札、はやくしてください。」

『ハハハ。そうだったね。じゃあ、ちゃちゃっと済ませちゃうからそのままちょっと辛抱しといてくれ。』

「………………。」

傍では守衛達が武甕槌が使うゴザと書台を急いでセットしていた。

武甕槌はゆっくりと腰を落とすと道具を取り出し、硯に向かい墨を研ぎだす。

 

「はぁ!?ソコからなの!?」

九燈は、かなり強いチカラで鬼門を押さえている自分の後ろで涼しい顔をしながら優雅に墨を研ぐ武甕槌の姿に驚愕した。

『ふぇ?何が?』

「御札!マッキーでも書けるんでしょ!?めっちゃ重いから早くしてくださいって!」

 

『いやぁ、、ちゃんと筆でカッコよく書かないと、みっともないじゃんかー。神様の威厳がね~(笑)』

「威厳って…………ぐぬぬぬぬ…。」

 

『鬼門、もし開いちゃったら私がまたすぐバーン!て破壊するから大丈夫。フフフ。』

「バーン!ね…………。なんか…スゲーイライラしてきたわ。」

九燈の横で見守る寅吉がバツの悪そうな表情でまあまあと九燈をなだめた。

それから約30分間、九燈はPochiに体力を回復してもらいながらではあるが必死にチカラを込めて鬼門を押さえ続けた。

 

『よし!できた。』

「できた!?良かった。もうそろそろ限界っスよ。」

『九燈君九燈君、ちょっとこっちみて!みんなも集まって。』

武甕槌の方をみると数枚の御札が台の上にあった。

『どれがカッコよくみえる?コレかな?』

自信作であろう御札を1枚手に取り、嬉しそうに九燈の方へ向けている。ぞろぞろと集まって来た守衛達と御札の品評会が始まった。

 

「やけに時間かかるなと思ってたら………。もう、どれでもいいから早く僕を解放してくださいマジで。」

九燈の言葉も虚しく、武甕槌は楽しそうに守衛達と議論し、終いには多数決を取り始めた。九燈の横に付きっきりのPochiが九燈の顔をひと舐めした。

「ありがとうなPochi。今まで頑張れたのは君のおかげや…。」

 

 

多数決の結果が出たようだ。武甕槌は選び抜かれた御札を手に取り九燈の傍で自慢げに見せた。

『九燈君、お疲れ。これに決めたよ!我ながらなかなか良い出来だ。』

「そーですか!良かったザマスね!」

『ごめんごめん。それどころじゃないか。今解放するから。』

武甕槌は祠に御札をセットすると、鬼門から放出されていた禍々しい雰囲気がみるみる減少し、神社の敷地内の様な神聖な雰囲気が辺りを包んだ。

 

必死に押さえていた鬼門の感触は段々と薄れ消失し目の前から跡形もなく消えた。

九燈が感じていた疲労感や体の痛みも急速に癒えていく。

「すげぇ…強力なパワースポットになった。」

 

『そうさ。この結界の中は負の力をほぼ消してしまうからね。御札も新品だし、いつもよりチカラを込めて書いたからね~。』

守衛達はせっせと後片付けをしている。寅吉が選抜に漏れた御札を持ち2人の方へ寄って来た。

〘武甕槌様、残った御札はどうなさいますか?〙

 

『いらないから処分しといてくれ。』

「あの…捨てるなら僕が貰っても?ご利益ありそうだし。」

 

『ご利益?大ありだよ!それ1枚で大きな神社くらいの効力があるからね。』

「マジすか!?全部いただきます!喜んで!!」

『アハハ。寅吉、九燈君に全部あげて。』

寅吉は5枚の御札を全て九燈に渡した。

「ありがとうごさいました。」

『変な事に使わないでね。というか、5枚もあれば邪な気は一切入り込む余地が無くなるから…生きていく上では全く面白くないと思うがね。』

 

「え?…………それじゃ、、、ずっと賢者タイムって事ですか?」

『アハハハハハ!例えが素晴らしい。出家したくなっても知らんぞ。フフフ。』

 

「…………2枚返します。」

 

『エラい。楽しく生きていく為には適度な欲やズル賢さは必要だよ。』

「金も時間も健康も女も物欲も権力も若さも人並みにまだまだ欲しいです。はい………。賢者タイムなんか……いりません。ごめんなさい。」

 

『それが人間だろ。いらないなら燃やしていいよ。全部?。』

「に・まい・だ・け・ね!……そう言えば、タバコも我慢してたわ。」

九燈はしゃがんで御札に火を付け、燃える御札の火でタバコにも火を点けた。

「いります?」

『おう?では…いただこうかな。』

武甕槌は袖を捲りながら九燈が差し出したタバコを箱から1本抜き取ると口にくわえた。九燈は同様に燃える御札で彼のタバコに火を点けた。

「神聖な味がするわー。」

『それは気のせいだな。』

 

『どうだ。今回の一件で中の者と少しは話せたかい?』

「……いや。僕から一方的に事態が好転するよう願っただけで…その後の記憶はさっぱり。」

『そうか。寅吉の話だと気絶中の九燈君はめっちゃ強かったらしいよ。襲い来る鬼も妖怪も化け物もひとりで退けていたと。』

 

「へぇ~。気絶中にね、、、どこかのマンガのキャラクターみたいですね。」

『アハハ、そうだな。』

「知ってるんですか?」

『バイトの巫女達が休憩時間にテレビやスマホで観ていたよ。主人公の〖竈〗の文字がウチの神社の竈と一緒なのと、奉納されている刀は〖鬼斬り〗のエピソードを持つ刀だから…流行った当時はそれ目当ての参拝者も結構いたな。』

 

「ふーん。実際のところは?」

『竃は当て字だろ。窯と釜は違うからな(笑)。あの刀は…人も鬼も斬ってない。刀は消耗品で使えばすぐダメになるから、実際使用された刀はほとんど土に帰っているさ。奉納されている刀は名のある名工が作った美術的な刀で、試し斬りを数回行った程度だろう。』

「へぇ~。」

『もし君が一般の兵士として戦場に行くことになったら、1億円の刀を持ち込むか?』

「1億円なら…大事に家に飾っておきます。持ち歩くだけで危ないわ。絶対略奪されそう。」

『そうそう。美しいモノは使用されずに鑑賞用で尾ヒレがどんどん増えて価値を上げながら後世まで綺麗に残る。それが宝物殿に展示されているあの刀だね。』

 

「なんか冷めるわー。素直に尾ヒレだけ信じとけば幸せだわね。」

『というか…話を変えず素直に〖中の者〗を受け入れてあげなよ。キミの願いに応えてくれただろ。』

「………そのうちね。めんどくさいので。まぁ…感謝はモノスゴクしてる。」

『………そうか(笑)。』

 

 

〘武甕槌神様、全て片付きました。〙

寅吉が守衛達を全員引連れ集結し武甕槌の傍で整列して片膝をついた。

『ご苦労さま~。全員無事でホントに良かった。しばらく休んで心身を癒せ。復帰までの間は別の班にここを守護させとくから。』

〘了解いたしました。〙

 

『それと、功績を称え全員2階級昇進させるよう言っとくから。』

〘感謝いたします!〙

『それじゃ、緊急武装を解除して交代の班が来るまで通常の警戒にあたってくれ。』

〘了解!それでは配置に戻ります。〙

 

守衛達は九燈と別れと労いの言葉を交わし、スマホで記念撮影した後神社の方へ引き上げて行った。

 

『よし、終わりっ。我らも帰るか。』

武甕槌の手を握ると砂竈神社へ向け飛び上がった。

守衛達の頭上を過ぎる際、全員九燈を見上げ声を張りながら灯を振る姿がみえた。

……………………

……………

………

暗い山間を過ぎ街の灯りが目下に広がる。

ふたりとも帰りは無言だった。

 

九燈は長く続いた緊張状態から解放され、手を引かれながらボンヤリと武甕槌を眺めていた。

男でも惚れ惚れする程整った横顔に長い髪が優雅になびいている。澱みの無い真っ直ぐな眼光は穏やかさの中に鋭さも兼ねた不思議な感じだった。

 

『降りるぞ。』

「うぇ?あっ、、は~い。」

『疲れたな(笑)最後の着地、、しっかりな!』

神社の境内、ふたりが出会った拝殿の石畳の上に無事に着地した。

『上達したな。かなり眠そうだったが。』

「さすがにね。そこまでドン臭くないので。」

大昔から現代まで一気に飛んで戻ってきた様な感覚だった。境内を暖かく照らす淡い電灯の光が心地よい。

 

「んじゃ、何も無ければ僕はこれにて。」

『ああ。ゆっくり休んで。大丈夫か?車まで送るよ。』

 

「いらんすよ、ガキじゃあるまいし。それに代行で帰りますから。」

『なんで?…………あっ、そう言えば…無理やり酒飲ましたね、失敬!』

「近場でも飲酒運転は犯罪!」

 

『昔の時代も酔って落馬して死んだ者も結構おるしな。九燈君、、、回れ右。』

武甕槌の指示に従い背を向けると、彼は九燈の両肩に手を置いた。

『邪気を全部払っとくね。魔界の正真正銘の邪気は辛かっただろう。』

「あざーす。」

武甕槌の掌から暖かいモノが全身に流れ込んできた、身体のズンとした重さと不快感がみるみる消えていき、温泉の後の様に気分が良くなった。

 

「今日、夜、ヒマ?」

『どうした?』

「肉食いに行きませんか?アナタが行けたらの話だけど。」

『アハッ。いいぞいいぞ!行こうか!フハハハハ!』

「……かなり嬉しそうね。つか、アナタを1人と数えても良いんすかね?」

『カラダはいつでも準備できる。問題無い。神だからな!』

 

「じゃあ、夜迎えに来ます。時間は…僕が起きてからだから未定ですけど。20時~21時くらい目安で。後、平安貴族の格好は無しで。」

『わかったよ(笑)。夜までに仕事を片付けておこう。』

「仕事?神様も案外忙しいっすね。」

『色々とな。実は今も仕事の途中で抜けて来ている(笑)。』

「マジすか!?僕のようなしょーもない下民の事はほっといてさっさと戻ってくださいよ。ごめんなさいです。」

 

『いいのいいの。単なる定例の会合だからさ。最初だけ少しマジメな話をした後は時間まで互いに見栄の張り合いさ。実に退屈な会議だよ。』

 

「なるほど…じゃあ今夜の騒動は、神様が留守になるタイミングを狙われたのかな。」

『そゆこと。……はい、終わりっ。』

最後に背中をポンと叩かれた。

 

「ありがとうございます。それじゃ…帰って寝ますわ。」

『ご苦労だった。』

武甕槌に見送られながら石の階段を降り境内を後にする。

階段を降り切るくらいの時に雷光が一瞬辺りを明るく照らした。振り返ってみたが九燈の視界に彼の姿は映らなかった。

 

狛犬像の傍にPochiがいた。九燈が帰る際にここを通り掛かるのを待っていたようだ。

サラサラのたてがみに顔を埋め、カラダをわしゃわしゃとマッサージしてやると気持ち良さそうに喉を鳴らしていた。

……………………………

…………………

………

九燈がホテル部屋に戻りベッドに倒れ込む頃には東の空が薄らと白み始めていた。

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晩餐

目が覚めたのは16時過ぎ。

伸びをしてカラダをポキポキ鳴らした後、着信の有無を確認し次いでにログボも獲得する。

カラダはすこぶる快調だ。

疲れも痛みも全く無い。低血圧なのはいつも通り。

久しぶり沢山寝た感がある。

スポーツドリンクをガブ飲みした後ゆっくりとタバコをくわえる。

張り裂けそうな膀胱をリセットし、煙たい目を我慢しながらボディソープとリンスを浴槽へそれぞれプッシュし、蛇口をひねる。

ベッドに腰掛け今晩行く予定のシュラスコの店を検索し、ネット予約を入れた。

ニコチンが脳を揺らす。

まだ血圧が低いうちは誰とも喋りたく無いのでネット対応の店だった事はかなり都合が良かった。

 

仰向けになり灰皿を腹の上で持ち、クルクルと立ち上る紫煙をぼんやりと眺めながら湯の音に耳を傾ける。

 

 

昨日はやり過ぎた。

 

今こうやって温かいベッドの上で普段家ではできない寝タバコができているのは運がかなり良かっただけだ。

今頃、あのおぞましいバケモノ共の腹の中に肉片としておさまっていた可能性も否定できない。

 

頭の中には自分の顔写真が載った行方不明者の記事と家族が悲しみの中で貧困な生活をしながら、みつかる筈も無い自分をずっと探し続ける映像が浮かんでくる。

ホテルに帰り着き眠りに落ちる前までは頭の中は脳内麻薬で満たされ、達成感と他人にはまず出来ないであろう激レアな体験をした事に酔いしれていた。

 

自分がとった行動や思考は正解だったのか。

 

騒動の最中は、かわいいガキ共の為に生き残るのに必死だった。

 

でも、そもそも神様の頼みをキッパリと断っていたら…死にそうな羽目にあう事は無かっただろう。

寅吉やサトシ達は全員殺されて喰われていただろうが…武甕槌が涼しい顔をしながら独りでいとも簡単に事を収められていた筈だ。

 

神に恩を売っておきたい姑息な考えもあった。

好奇心もあった。

めんどくさい気持ちもあった。

 

…………良かったのか悪かったのか……その中間か……………考えても答えはでない。

 

煙で目がシパシパして我に返る。

 

タバコの灰がピサの斜塔みたいに指の間から生え、煙は事切れていた。

灰を慎重に灰皿に移しタバコを更に押し付ける。

ダラダラと服を脱ぎ歯ブラシを咥えユニットバスに向かった。

…………………………

…………………

………

支度を済ませロビーの自販機の前に立ったが小銭は昨晩の騒動で全て使い果たしていた事に気付く。

自販機を諦めホテルを出てコンビニへ向かう事にした。

 

外は曇天で相変わらず寒かった。熱めの風呂で無理やり体温をあげていたが、なんか調子が上がってこない。

 

「そうか…こっち来てから2食しか食ってないわ…。」

歩きながらボソリと呟く。

コンビニでエビマヨのおにぎりとチキンも手に入れようと考えながら視界に入る飲食店も同時にチェックしながら進んでいると、レトロな感じの喫茶店を見つけた。

バーテン姿の店主らしき老人がCLOSEの板を反転させ店の中に消えていった。

 

ゆっくり入口を開けるとドアに吊り下げられている鐘がカランと九燈の入店を告げ、カウンターの奥から先程の老人が現れた。

『いらっしゃいませ。』

「ひとり……デスケド。」

九燈は軽く人差し指を立てながら老人に返した。

『空いてる席、どこでもどうぞ。』

彼は穏やかな口調と表情で九燈を招き入れた。

 

九燈は窓際の奥のソファ席に腰掛けた。

年季の入った琥珀色のレトロな店内にはコーヒーの芳醇な香りが漂っている。カウンターが4~5席。棚には酒瓶も並んでいる。

ソファ掛けのテーブル席は4席。木目調の塩と胡椒、銀色の蓋の小さな砂糖瓶と呼鈴、半分くらい減ったタバスコ、木製の小鳥の爪楊枝ケース、クリスタルガラスの灰皿。

明る過ぎない照明に極小音量でジャズが流れている。

 

従業員は…今は老人だけのようだ。

『いらっしゃいませ。夜のメニューはこちらです。』

老人は氷水のグラスとメニュー帳を丁寧な仕草でテーブルに並べた。

 

「あの…パフェ、できますか?」

『はい。パフェは3種類ございます。』

老人はメニューを手に取るとパフェが載っているページを開いて九燈に渡した。

 

「じゃあ…この…オリジナルパフェで。」

『かしこまりました。』

「それと……あの……ブランデー。ショットグラスで1杯いただけますか?パフェにかけたいので………。」

『かしこまりました。ご注文は以上でよろしいですか。』

「ホットコーヒー。……できたらバリ濃いめで。」

『すぐお出ししましょうか?』

「ん~………パフェの後でお願いします。」

 

『もし、ご希望ならグロリアにもできますよ。』

「!?メニューに無いですけど、、?」

『構いませんよ。』

 

「じゃあ、カフェグロリアでお願いします。ありがとう。」

『かしこまりました。それではごゆっくり。』

 

去り際の老人に九燈はタバコを取り出すと箱をみせながら聞いた。

「タバコ……いいですか?」

『どうぞ。』

老人はニコりと笑いながら軽く頭をさげ、カウンターの奥に消えた。

 

伏せてある灰皿を表向きに返し、店の名前が印刷された小さなマッチ箱から1本ちぎりタバコを点けた。

火薬の香りが心地よい。

スマホを取り出し、昨晩撮影した画像を確かめてみると自分と武甕槌以外はピントがぼやけて不鮮明な画像だった。

「ハハ……こりゃ心霊写真だな。…まぁ…心霊写真になるのは当然だけどね。」

苦笑いしながらボソリと呟くとスマホをポケットに突っ込んだ。

 

何も考えずにぼんやりと外を眺めながら紫煙を燻らす。カウンターの方でサイフォンがコポコポ鳴っている。時間がゆっくりと流れているような雰囲気がたまらなく心地よい。

 

 

『オリジナルパフェです。あと、こちらをお試しください。』

テーブルにはパフェと銀色の小さなミルクポットが置かれた。

「???」

『パフェ用にブランデーを効かせたソースを作ってみました。直接ブランデーをかけると水っぽくなりますので。』

「マジすか!?お手間を取らせてすみません。」

『いえ、ヒマですから気になさらず。お口に合わない時やブランデーが欲しい時はお気軽にお申し付けください。サービスで対応させていただきます。』

彼は笑顔で九燈にそう告げるとカウンターへ戻り次の作業に取り掛かった。

 

九燈は銀の容器を手に取り香りを確かめてみる。ブランデーとカラメルの甘く芳醇な香りが脳を刺激し幸福物質が分泌され身体が解れていく。

トロりとしたカラメルソースをゆっくりパフェに回しかけ口に運んだ。

「はぁ~ん♡」

九燈は求めていた味に脱力し背もたれに身を預け天を仰ぐ。

 

「ん~~~まっ!なんなんだこれは。」

 

パフェスプーンをタクトのように小さく揺らしながら上機嫌な様子でゆっくり身体を起こすとカウンターの老人にGoodサインを送った。

「マスター!(Very Good!!)」

老人店主はニコりと笑いながら軽く頭を上下させ九燈のGoodサインに応えた。

 

無心に大人味のパフェを食べ進める九燈であったが、九燈自身は甘い物が得意では無くパフェをひとりで1人前を完食した記憶は無い。

 

序盤はフルーツの酸味で甘さを和らげながら攻めることが出来るが、半分くらい食べたところで大概ギブアップしてしまう。

ブランデーを頼んだのもギブアップしたくなるのを香りで誤魔化しながら完食する為だ。

 

外も九燈にとっては極寒の部類に入る気温の中、空きっ腹の状態でなぜ身体を冷やしてしまうパフェを頼んだのか…

何故かは自分でも分からないが、無性にパフェを食いたい気分だった。たぶん九燈的にこの店の雰囲気がそうさせたのであろう。

 

 

『カフェ・グロリアです。』

パフェのシロップが切れる頃、老人店主のコーヒーの提供のタイミングは絶妙だった。

火のついた角砂糖をコーヒーに溶かしひと口飲むと冷えた身体にコーヒーの温度とアルコールがじんわりと沁みわたり、苦さと程よい酸味で気分がリフレッシュされた。

 

その後、時間はかかったがカフェ・グロリアのおかげで気持ち良くパフェを完食できた。

 

「新記録だな。つか…パフェの撮影忘れてた。」

タバコに火を点け、ゆっくりと食後の余韻に浸る。

 

「味噌汁吸いてえ………。」

段々と塩気を欲してきた九燈は塩瓶を手に取り、手の甲に一振りのせ甘い口の中を清め会計に立った。

『甘い物は苦手でしたか。』

穏やかな表情でレジを打ち込みながら老人店主は話した。

「バレちゃった?」

『最後に塩を召し上がっていたのでね。』

「アハハ、見られてたか。行儀悪くて申し訳ない。」

『いえ。お気に召さなかったようで、申し訳ございません。』

「いやいやいやいや!パフェもコーヒーも絶品でした。甘いの苦手な僕が久々にパフェを1人で完食できたよ。ありがとう。」

『そうでしたか。それなら一安心です。』

 

「んでお会計は?」

『1800円になります。』

老人店主は伝票を丁寧に提示した。九燈は財布から紙幣を3枚引き抜き伝票に重ねて静かに置いた。

 

「お釣りは要らないから。わがまま言って手間を取らせちゃった分余計に取っておいてね。」

 

『…それではありがたく頂戴いたします。』

「ご馳走様でした。機会があればまた来ます。」

『私ももう少しあなた方とお話し出来たらと思っておりました。次回のご来店を心待ちに致しております。』

 

九燈は別れの挨拶を済ませ店を出た。

やはり外の空気は刺すように冷たい。ダウンコートのチャックを1番上まで引き上げ口元を覆い歩き出す。

吐息が目の前を薄らと白く遮った。

………………………

………………

………

日は暮れ砂釡神社の表参道の入り口、長く急な石の階段の脇で九燈はひとり武甕槌を待っていた。

喫茶店を出てから繁華街を歩いてまわり我が子らへのお土産を手に入れ宅配便で済ませておいた。

 

待ち合わせ時間までもう少し時間はあるが、やる事はほぼ済ませてしまったので、後はこの場で待つ相手が九燈が凍え死ぬ前に現れてくれる事を願うばかりである。

 

タバコを咥えながら麻雀のネット対戦で時間を潰す。

「あぁクソッ!なんでそれを今出すかな。通らんでしょそれは…………。」

ネット麻雀の調子は悪いようだ。遊んでいるつもりが逆にストレスが溜まる。

 

『よお!待たせたな。』

突然背後から聞き慣れない男の声がした。

九燈は驚き声の方へ振り返るが辺りが暗くて声をかけた相手のシルエットしかみえない。そのシルエットは九燈が待つ相手のモノとは到底思えない輪郭をしている。

 

「あの…すみません。どちら様ですか?」

その相手は自分を別の誰かと人違いをしているのだろうと思い丁寧に返事を返した。

『武甕槌だ。寒かったろう?それではシュラスコに行こうか。』

「え?あっ、、はぁ。………行きましょうか。声違うけど?ちょっと失礼。」

スマホのライトを武甕槌を名乗る男に向けると、無精髭の生えた50代くらいのガタイの良いオッサンの顔が現れた。

「いやいやいやいや…なんで、もっさいオッサンなん?他に体はなかったの?」

『ガハハハハ!変装だよ。コンセプトは〖ガテン系親方〗にしてみた。』

「なんすかそれ(笑)まぁ…………いいや。服装はフツーだし。」

 

『この術は禁じ手の1歩手前でね、グレーゾーンなんだよ。目立たぬ様にしなければな。』

「たしかに…アナタの美貌は同性からも好まれそうだからな。周りの視線は集中するかも。」

『この肉体を作りだし、更に維持する為にチカラのほとんどをつぎ込んでいるからな。これ以外にチカラは使えん。』

「じゃあ…今はフツーの人間と同じ様な状態なんですね?」

『そうだ。私だとバレたらいろいろと面倒なんだよ。規則で護衛も何人かつけないとならないし。』

 

「……金が持ちませんわ。」

『ガハハ。てなワケで九燈君、私が身バレして万が一の事態が起きた時はボディーガード、よろしくな!』

「…バレなきゃいいんでしょ?」

『問題ない。』

「了~解。ではタクシー呼びます。」

九燈はタクシー会社に電話した。

 

『車はどうした?』

「さっき喫茶店でカフェグロリア飲んだんで運転は犯罪中~。」

『カフェグロリア?』

「カフェロワイヤルとか聞いた事ありませんか?ブランデーとコーヒーが混ざったヤツね。火がメラメラするコーヒー。」

『それは楽しそうだな。興味深い。』

 

「じゃあ後でお店を探してみましょう。」

『楽しみが増えたな。ところで、後ろに居る彼女は何者だ?』

 

「え?あぁ………まぁ、なんつか、古くからの友人です。いつも気まぐれで寄ってくるんです。害はないタダの幽霊ですよ………な?」

〘こんばんは。香澄です。九燈の相手をしてくれてありがとう。コイツ、友達いないから。〙

「…………うるせぇよ。」

 

『ガハハハハ!よろしく。九燈君の友人ならワシも興味がある。香澄さんも一緒について来れば良いではないか。』

〘いいんですか?神様のお誘いなら断れませんわ。喜んで御一緒いたします。〙

「おぃ!邪魔すんなや~。お前がいるとめんどくさいだろ~。」

〘フフフ。九燈のおもしろい話沢山してあげますね。〙

「おま………消すぞ。」

〘どーぞどーぞ(笑)〙

「ぐぬぬぬぬ………。」

 

『HAHAHA!随分と仲の良い事じゃ。では香澄さんも一緒で決まりだな。仲間が多い方が宴は楽しい。』

「…………マジか。」

 

タクシーが到着した。

肩を落としながら歩く九燈を上機嫌な武甕槌が慰めるように背中をバンバンと力強く叩きながらタクシーに乗車した。

香澄はドアをすり抜け助手席に着いた。

 

3人を乗せたタクシーは夜の街に消えていった。

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あとがき

お疲れ様です。

最後までお付き合い頂きありがとうございますね~( ˙꒳​˙ )

1話目が意外と好評だったので2話目も書き散らかしてみました。

つか…この小説の題名がなかなか思い付かん(*꒦ິ³꒦ີ)ドウシヨウ…

文才と語彙力と教養の無さに絶望中です( ߹꒳​߹ )

今回も皆様がスラスラと読めるように難しい漢字と言い回しは避けています(˶’ ᵕ ‘ ˶)

 

話変わりますが…文章の途中で挿絵を入れたいんですがね、字ばっかりだと脳が疲れますから。

でも…アタシャ絵がヘタなので…どなたか書いていただけると嬉しい(٩Üو)

いま流行りの画像生成AI(無料)で僕と武甕槌を描かせてみました。

僕の画像は1億倍男前に描いてくれたので、まあまあ満足。

だが…

武甕槌の方は、なかなかイメージが通りに描いてくれず…まあまあイメージが寄って来たところで酷くならないうちに画像をスクショして諦めました。

 

〖薬屋のひとりごと 壬子〗と入力したら〖薬棚の前でたたずむ女性〗だったり、平安貴族の〖烏帽子〗と入力したらハット🎩を描いてくれる始末(т-т)

〖刀を構える〗と入力したら刀身が持ち手より短いヘンテコな刃物を描きオマケに素手で刃を握っていたり…初期のGoogle翻訳みたいにAIの精度はまだまだ低いですね。

3話目も執筆中です。(海の上で)

電波が圏外ばかりでぜんぜん捗らないけどね( ;´꒳`;)

オフラインで執筆できたらかなり幸せなんだけどな。

ここまで6万6千文字超え(´*ω*`)

4話分くらいの文字数かな~。

毎度の事ながらではありますが…誤字脱字あったらごめんなさい。

 

それじゃまたねヾ(*ˊᗜˋ*)、

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